第6章 その身体に刻まれた過去
新月を迎える3日前の日、
二人は京の街を歩いていた。
顔の上半分を隠す狐の面を被り、襟巻きを巻いて群青色の着物に黒の帯と頭巾と羽織を纏った猗窩座は桜華の手を引きながら、人混みの中を進んでいた。
桜華もそれに合わせた控えめな色使いの着物と羽織でいるのだが、怪しまれるので二人とも頭巾を被るわけにはいかず、桜華は顔と頭は何も被ってはいない。
二人の容姿と纏う雰囲気に通りすがる人が振り向いたり、言い寄ってくるものがいる。
男女問わずうっとりした溜め息を溢すくらいの顔立ちでかえって目立ってしまっていた。
「お面の兄ちゃん、えらい別嬪さん連れてるじゃないか!」
気前の良さそうな男性がニコニコと声をかけてくる。
ほろ酔いで気分が良いと言ったところだろう少し酒の匂いを漂わせていた。
「兄ちゃん、そんな別嬪さん、大事そうに小脇に抱えておきながら、お嬢さんの髪に飾りなしとは可愛そうじゃないかい?」
猗窩座は一度桜華を見やり失念したと言わんばかりに居心地悪そうに後頭部を掻きながら
「おじさんの言う通りだな。ここらだとどこが良い」
「兄さん達旅人かい?
お嬢さんに似合いそうなのはそこの角を右に言った突き当たりだ。」
「そうか。感謝する。」
男性はニコニコと手を振りながら去っていった。
その後ろ姿が人混みに紛れるまで見送った後、桜華に向き直った。
「すまん。元々は着飾ったりもしてたんだろう。気づいてやれなかった。」
桜華自身も5年以上奴隷生活が続き、その後も移動が多い生活の中で必要最低限のものしか要らないと考えてたので最初に猗窩座が買い与えたもの以外持ってはいなかった。
もう自分が着飾っていた時期も遠い昔のようでそのような概念も薄れていた。
「今のような生活ではどこぞに落としてしまうかもしれません。こうして一緒に街を歩いてるだけでも楽しいのです。」
そう言うと、桜華の後頭部から髪を掬いさらさらと流して頬を撫でた。
「折角の綺麗な髪だ。ひとつは贈らせろ。」
と穏やかで優しい声と共に微笑んだ。
「はい。嬉しゅうございます。」
髪飾りを贈られる意味を思い出して、少し恥じらい頬を赤らめて返事をした。