第15章 蓮華
ある夜、わたしは体の底から凍えるような感覚に襲われていた。
日の光が届かない部屋で、桜華さんが眠りについてから、もう三日が経つ。
わたしが桜華さんに接触できるのは診察の時間である午前7時と午後7時の2回のみ。
初日の午後の診察の際、彼女の体には、何か言いようのない異変が起きていた。
熱を持っているはずなのに、肌がひやりと冷たい。そして何より、手首と足首に残る、うっすらとした赤い跡。
「桜華さん。この跡は…?」
わたしは声を潜めて尋ねた。彼女の口からは、何も言葉は発せられなかった。ただ、その瞳の奥には、深い絶望と、何かを訴えかけるような光が宿っていた。
「早まった判断をしないで」
そう言っているかのように、彼女はわたしを見つめた。その瞳に込められた、悲痛な叫びのような、しかしどこか強い意志を秘めた視線は、胸をぐっと捕まれるようなものだった。
わたしは、彼女が何を言おうとしているのか、直感的に察した。彼女は、わたしを危険な目に遭わせたくないのだ。この教会にいることが、いかに危険なことかを、彼女は知っている。だから、わたしに何も話さない。
「わかりました。何も話さなくてもいいです」
わたしはそう言って、彼女の手をそっと握った。彼女の身を案じながらも、わたしは、この教会に潜む真実を、この手で掴まなければならないと心に誓った。
その日の夜、他の信者や幹部に怪しまれないように行動することに決めた。
しかし、わたしはまだ3ヶ月にも満たない末端信者の身分。
医者だと名乗っている分、他の信者よりも幹部や童磨と接することは多くても、ひとりで立ち入れる部屋は他の信者と同様。
ただ、清掃作業の際は、特別な係の人が教会の共有の廊下や施設などを掃除するという決まりがあるらしい。
通常は、ある程度教会への滞在期間がある人物が許される係らしいが、稀に信頼がおける医者などの立場のあった人もなれるという。
翌日から、その”特別な清掃の係”の方に手伝いを申し出て、部屋を探ることにした。