第20章 遺書
「どうして何もしなかったの。君なら見つかる前に戻れただろ」
彼はお嬢様に問いかけます。お嬢様は相変わらず黙り込んだままで、何も反応を示しません。
もちろん、私は天竜人である彼に文句を言うことなどできません。しかし、先ほどの心配でおかしくなりそうだった心境からすると、何か尋ねずにはいられませんでした。
「あなたがお嬢様を連れ出したのですか?」
「違うよ。この子が自分で出てきたんだ」
「そんなはずありません。お嬢様は一人では…」
「いや、No.104は一人で出られるよ。あの部屋だけじゃなく、マリージョアからもね。…ただ、そうするには色々と障害が多いんだけど」
彼が何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。1日の大半をお嬢様と過ごしている私よりも、なぜ彼の方がお嬢様について詳しいように思えるのか。
「…ふーん、君が結構懐いているってことはよく分かったよ。言葉で言っても分かんないだろうし、ほら、彼女に見せてあげなよ」
彼がお嬢様に向かってそう言った途端、彼女は私の方をじっと見つめてから、不意にその場から姿を消したのです。忽然と、跡形もなく。
今見たものが信じられなくて呆然としていると、遠くから警備のものが私を呼ぶ声がしました。お嬢様が見つかった、と。
慌ててお嬢様の部屋に戻ってみると、いつものように部屋の中で座り込んでおられました。
警備の者にはしっかり探したのかと言われましたが、私は何も答えることができませんでした。
何が起きているのか。
お嬢様は、あの少年は、一体──?
唯一わかったのは、お嬢様は何もできない幼子ではない、ということ。
彼の言う通り、きっとこのマリージョアからも今すぐにでも出ていくことができるのです。
…彼女がそうしないだけで。