第20章 遺書
≪○年×月△日≫
────さて。
筆を執ってみたものの、一体何から書き始めればよいのやら。
どうにか余り物の紙束を拝借し、使用人部屋の隅っこで明かりを灯すまではよかったのですが…。机に向かって初めて、あまりに書けることが少ないと気づいてしまいました。
そもそも、一介の使用人に過ぎない私が物を書くことに慣れているはずもなく、思うように筆が動かないのは当然のことではありました。
さらにその上、誰に読まれるか分からないこの場所では、書く内容にも十分に慎重にならねばなりません。書いてよいことと、だめなこと、きちんと区別しなければ。
そうすると、私に書き残せることなど殆どないことに気づき、愕然としてしまったわけです。
本当なら、不向きと分かっていることは他の誰かに任せたいところ。
…ですが、そうも言ってられません。
お嬢様がこの場所に来られて早くも1週間が経ちました。彼女と過ごしていると、このままでいいはずがない、という焦りを感じます。
やはり、誰かが伝えねばならないならないのです。これは、使命感にも似た思いでもありました。
──誰かが残さねばならない。
この日々を。
彼女が確かに、此処に存在しているということを。