第18章 誘拐
そういえば、息、苦しくない。
それに気づいた時、ふとあたしの前方に黒い影がよぎった。
見間違いかと思ったけど確かに。
地面に近いところで、黒い影が二つ、蠢く。
「──……。──。」
話し声だ。何を言ってるかはわからない。
だけど、多分、男の人の声だと思う。
あたし、こんな夢、知らない。
初めてみる夢だ。
あたしはもっとよく聞きたくて、その影に向かって近づこうとした。でも──。
──あれ、動けない。どうして?
普段より鈍い感覚にもどかしく思いながら、自分の足元に視線を移して、あたしはしばらく固まった。
見えたのは、赤ん坊の足だったのだ。
生後何ヶ月かというくらいの小さな素足に、何本もの白い管が絡み付いている。
自分の足、のはずだけど、見えているものがあまりに馴染みない光景のせいか、現実味がない。いや、現実味はなくて当たり前なのかも知らないけど。だって、これ、夢なんだし。
あたしは、他人事のようにそれらを観察する。そして、その管全てに小さく文字が書かれていることに気づいた。
──なんだろ?……何かの、番号?
いくつかの文字の合間には、何やら数字らしきものも書かれていた。読み取ろうと目を凝らす。男たちの会話は相変わらず何言ってるか聞こえないし。
「────…!……」
「──。……。…──」
…どうしてこんなに耳も視界も悪いんだろう。しばらく目を凝らして耳を澄ましても、何一つ情報が掴めないことにだんだん悲しくなってくる。何度か瞬きをしていると。
──突然、ぐにゃりと視界が歪んだ。
……あっ、ここまでなのね。
あたしはもう、それが夢が変わる合図だということを知っていた。
碧と白と黒が徐々に混ざり合って、みるみるうちに境界線がなくなっていく。またか、と思いながら、初めてみた夢の名残を追いかけるようにじっと目を凝らしてみる。
────1……0…………4?
それは、完全に視界が溶けてなくなる前に、目に飛び込んできた情報。どろどろと混ざり合う背景の中で、その数字だけがやけにハッキリと見えた。
…見覚えがある気がする。
どこで見たんだっけ……。
そう思ったのを最後に、あたしの意識は闇の中に消えていった。