第2章 旅立ち
だが、アイツは華奢な手足を隠すように、いつも男物の服を着て港でむさ苦しい男たちに混じって働いている。
港の奴らは全員アイツが女だってことに気付いているが、本人があの成りのままだから誰もそれは言わない。
まあこんな小さい島でバレねぇわけがねぇよな。
それに気づいていないのは本人くらいじゃねぇかな。
そうやって一生懸命働くアイツを見ているのはなぜか好きだった。
みんな15を超える頃には教会から出ていくのに、アイツだけは頑として出なかった。
貰い話も結婚話も全てはねつけていると聞く。
意識し出したのはいつからだったか。
多分、俺が教会を出た頃だ。
教会を出て、養子として迎えられて1番はじめに思い出したのはシスターでもなく他の教会の仲間でもなくアイツの顔だった。
からかうと泣きそうになりながら一丁前に睨んでくる。
愚図なアイツが腹を立てているのが面白いと思っていたが、多分そうじゃない。
本当はどうしようもなくアイツの目に映りたかっただけだ。
そうでもしないと絶対に意識の中に入れないと幼心に理解していた。
アイツの目はいつも俺たちではないどこか遠いところを見ていた。
誰よりも自由であろうとするくせに、誰よりも教会を愛している。
だからあんなに海が好きそうなのに、絶対にこの島を出て行かない。
羽をもがれた鳥のようだ、と思う。
誰でもない、自分でその羽を折っている。
そう思っていた。
だが──。
水平線の遥か向こうに船が見える。
もしかすると。
今日がアイツを見る最後の日かも知れない。
なぜかふとそんなことを思った。
───アイツは最後まで、俺を見なかった。
第2章 『旅立ち』 〈END〉