第9章 マリージョア
「──あぁ、そうだ」
男の人は思い出したようにポケットから何かを取り出した。
それはあたしがよく知ってるもの。
──白い石がついた、青いひも飾り。
男の人は大きな体を窮屈そうに折りたたんでしゃがみ込むと、あたしの足首に器用にそれをくくりつけた。
「これは外すんじゃねェぞ。お前を守ってくれるモンだから」
そう言って、ぐしゃぐしゃとあたしの頭をかき混ぜる。
とびっきりの笑顔で。
いや、違う。
──泣きそうなのを隠すための笑顔で。
そんな顔しないでよ。
泣きたいのはこっちだってば。
だって、あなたはここからいなくなるんでしょう?
こんな記憶を見せたところで、あたしまだちっとも分かってないんだから。
あたしの物分かりの悪さ、なめないでちょうだい。ローにもマリーにも何回もため息をつかせたくらいなんだから。
──ねぇ。
あたし、またあなたに会える?
最後にこれだけは聞こうと思った時、
──大きな風が吹いた。
それはもう、全てを吹き飛ばすような凄まじい突風だった。
遠くに見える森がざわざわと音を立て、原っぱの草花がぶわっと舞い上がる。
思わず目を閉じてしまってから、あたしは、あぁしまった、と思った。
また、全ての感覚が無くなっていく。
体も。感情も。記憶も。
この想いも。
ああ。
ほらまた。
あたしはこの人に大事なことを聞けずに。
────全てが、風の中に溶けていった。
薄れゆく意識の中、はるか遠い記憶の向こうで、また、あの人の声がした気がした。