【鬼滅の刃】杏の木 ♦ 煉獄 / 長編 / R18 ♦
第4章 アヤメの花言葉
とても酒を飲んでいる様には見えない、至って素面で真剣な面持ちだった。きっと心からそう思っているのだろう。くだらない、というところも含めて。
「ありがとうございます。私も…親のいない私にとって、槇寿郎さまも耀哉さまも、本当の家族の様だと……家族がいたとしたら、こんな感じなのだろうなと、いつも思っています」
空になった湯飲みとお湯差しを盆に乗せながら、蛍は続けた。
「だからこそ側でお役に立ちたいと思うのも、子としては当然のことです」
盆を持ち、立ち上がる。
「瑠火さまのお話…ありがとうございます。生きる勇気をいただきました。やはり、貴方の奥方で、杏寿郎や千寿郎くんの母。とても強い方です」
「あのな。俺はそういう風に受け取って欲しかったわけじゃあない。例え隊士として報われなくても、別の道もあるって話だ」
部屋を出ようと背を向けたが、その言葉に蛍は振り返り、槇寿郎の目を見てにっこりと微笑んだ。その顔に涙の跡はあっても、既に完全に乾いていて、いつもの彼女がそこにはいた。
「…でも、その直向きに、隊士として諦める事を知らなかった瑠火さまを、槇寿郎さまは好きだったのですよね?最初から諦めて努力を怠るような方だったら、親族の反対を押し切ってまで婚姻もしなかったでしょう」
そう言われると、今度は槇寿郎も言葉が出ない。
再び部屋を出ようと、彼に背を向けて蛍は続けた。
「亡くなってまで、私は瑠火さまにお世話になってばかりですね。情けない。こんな情けないままでは向ける顔もありません。私、必ず強くなります。肉体だけじゃない、心も。必ず…」
槇寿郎に向けて言ったものの、声にするとまるで自分で言い聞かせているかのように、己の胸に言葉が突き刺さる。
「私はこの家のものではありませんが…心を燃やす事はできるはず。最初にそれを教えてくれたのは、他でもないあなただった」
襖をすっと開け、部屋を見やると、槇寿郎はまだ縁側に腰をかけ、こちらには背を向けていた。
「夜も更けてしまいました…私はこれで失礼いたします。槇寿郎さまも早く床についてくださいね?」
返事はなかったが、言葉は届いているだろう。そっと襖を閉めて、台所へ向かう。今日は片付ける気力も残っていなかったので、炊事場に食器だけ置いてから自らの部屋に向かった。