第4章 アヤメの花言葉

「俺が柱になった時、その答えを聞かせて欲しい」

確かに、今まで何度も杏寿郎は愛を囁いてくれたし、態度でも隠すことなく示してくれていた。自ら距離を取っている今でもそれは変わっていない。だからこそ今回のこの発言がいつもと違う事もよくわかった。

人通りの多い夜道での突然の告白に、ただでさえ目立つ容貌の2人が話込めば、当然の結果として周囲の目を惹いてしまう。我に返ると体中から湯気がでそうなぐらい、恥ずかしさが込み上げた。

「さあ、帰ろう！千寿郎が待っている！腹も減ったな！」

もじもじと動けずにいる蛍の手を握ったまま手を引いて、ずんずん歩き出した杏寿郎に、慌てて歩みを合わせる。斜め後ろから見る彼の耳が少しだけ赤らんでいたのがわかった。

(彼も本気なんだ…)

そう思う。いや、いつもそうだ。あまり冗談を言う人ではないから、それは知っている。それでも今のは強い決意の様なものを感じた。

(私は彼を愛している。でも私は相応しくない、足りない、何もかも)

穢れた血だと、自分を卑下する事もある。その癖に強くもなれない自分を呪いたくなる事もある。出生だって平凡だ。何もかも、杏寿郎の傍にいるには相応しくないのはわかっていた。

それでも気にしないという彼の立ち振る舞いを見る度に、それに甘えてしまいそうになる。それでは駄目だとわかっているのに…。

(私は………どうしたい？…違う。どうすれば？)

空を見上げると月が出ていた。答えをくれる訳ではないのに、この問を誰かに投げかけたくて、月を仰いだ。買ったばかりの髪飾りが、月光に照らされ美しく輝いていた。

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「槇寿郎さま？入りますよ」

そう襖の向こうから声をかける。返事がないので、蛍が縁に手を掛けようと伸ばしたところで、ガラッと勢いよく襖が開き、槇寿郎が立っていた。
彼の寝室へと入ると奥の扉が全部開かれ、美しい庭園と月がまるで１枚の絵の様に収まっていた。

「月が綺麗ですね。はい。今日は湯を持ちましたよ」

蛍が持ってきたお盆には、お湯と焼酎、２つの湯飲み、そして芋けんぴがのっていた。
湯飲みにお湯と焼酎をそれぞれ注ぎ、お湯割りを作れば、湯気に酒の香りがふんわりと漂いはじめる。部屋の奥、縁側に槇寿郎が腰を下ろすと、彼女もまたその隣に座った。