第9章 交淡如水 【冨岡義勇】 1
あやが、門の前に立って、中に入るのを躊躇しているのは、門は空いているが、奥の屋敷の縁側に草履を履いたまま投げ出されている義勇の足が片方見えるからだ。足は仰向けの状態で、ピクリとも動かない。
そして、何故か門の中から漂う冨岡の殺気。
あやは、義勇殿は大怪我を負っていると予想し、入って来るなと言わんばかりのこの殺気だと、門から中に入ると殺されるかもしれないと一歩が踏み出せずにいた。
しかし、怪我で死なれても後味が悪いと思い、意を決して声を掛ける。
「冨岡様。階級 庚、紫天城です。胡蝶様の命により参りました!」
「必要ない。帰ってくれ。」
予想通りの返事が返って来たが、勿論帰るわけが無い。
「私も命令できたので、失礼します。」
「・・・必要ないと言っている。」
門をくぐると殺気が一段と強くなるが、入る。背筋がゾクゾクして刀に手が伸びそうになる。
(・・・義勇殿。傷が痛むのだろうか?)
屋敷に近付くと諦めたのか殺気は消えた。
「・・・失礼します。」
予想通り、縁側で義勇は倒れていた。左肩から胸にかけて大きな切り傷があり、出血で隊服が赤く染まっている。床板にも所々血が付いている。
「お前、勝手に入って来るな。手当ては自分で出来るからいらない。帰れ。」
「義勇殿、申し訳ないですが、これが私の任務です。それに治療をしないと、・・・しのぶ様に怒られますよ。」
「・・・では、勝手にしろ。」
胡蝶が怒るのなら仕方が無いと観念したように言う。
「服を切ります。」と声を掛け、手早く傷が見えるように隊服を切り、消毒をして縫合する。
傷はかなり深く、拭いても拭いても血が滲んできたが、縫うと暫くして漸く止まった。
他の傷を見るために、下帯だけにして傷を捜す。義勇の体は筋肉が付き、引き締まっているが、思っていたより腰が細く華奢だった。あやの動きが一瞬止まる。
「どうした。男の裸は初めてか?」
「いえ、失礼ですが、主食を増やしてもう少し太られた方がよろしいかと。」
目に付いた傷を手当てしながら話す。
「・・・そうか。一理あるかもな。」
義勇は天井を見つめたまま特に表情を変えることなく返事をする。
「・・・着替えをしてもよろしいですか。」
持って来た荷物から着脱しやすい治療用の服を出す。