第23章 ※陽炎【煉獄杏寿郎】1
俺が鬼殺隊だった頃に起きた不思議な話をしよう。
ある非番の日、俺は煉獄から頼みがあると奴の屋敷に呼ばれた。
◇◇◇
「煉獄、あれがこの前の任務で拾って来た女か?」
「宇髄、彼女を物みたいに言うのは辞めてくれ、保護して様子を見ているんだ。」
2人の視線の先には開け放たれた障子の影に隠れてこちらの様子を伺っている少女がいた。艶のある真っ直ぐの黒い髪を薄桃色の紐で後ろにひとつに束ねた、大きな黒い瞳の少女。肌は抜ける様に白く、ふっくらとした頬だけほんのりと桜色に染まっている。唇は頬よりも少し濃い桃色。
年の頃は10歳を越えたあたりだろうか。
彼女の年齢を体や顔つきの様子で推測するしかないのは彼女が何も喋らないからだ。喋らないのか喋れないのか・・・それも不明だった。
少女の名前はあやという。それだけは分かっていた。彼女と一緒にいた壮年の男が亡くなる前に彼女をそう呼んだのだ。
あやは、宇髄と目が合うと、眉根を寄せてキッと睨んだ。そしてさっと障子の影に姿を隠す。すぐにトントントンと部屋から遠ざかっていく音が聞こえた。
煉獄は静かに立ち上がると、あやが覗いていた障子の裏から湯呑が二つ載った盆を持ってきた。
「あやはこれを持って来てくれたんだ。」
と宇髄に湯呑の二つの内の一つを盆から取って勧める。宇髄は少し不機嫌そうな顔で湯呑の蓋を取る。青みがかった綺麗な黄緑色の玉露から湯気が漂って消えていく。宇髄がその香りを少し嗅いだ後、口を付けたのを見ながら、煉獄も自分の分の湯呑みの蓋を取って同じ様に香りを楽しむ。
「すまないな宇髄。彼女はおそらくまだ家族を失った現実を受け入れられないんだ。」
「・・・またお前も面倒な事を引き受けたもんだ。顔はまぁまぁだが、山猿じゃねぇか。」
宇髄は胡坐をかいた足を少し崩して片膝を立てながら煉獄の方へ顔を向ける。煉獄も宇髄の方を見てふっと笑う。
「山奥でマタギをしていた父と思しき人と二人だけで暮らしていた様だからな。この辺りの女性とは立ち居振る舞いが違うかもしれんが、俺には懐いてくれているみたいで可愛いところもある。」
「・・・あれのどこが?」
煉獄は宇髄の顔を見てまたふふっと笑うと、あやを呼んだ。
「あや、すまないが茶菓子を頼む。」