第11章 ※炎炎 【煉獄杏寿郎】 1
キィ・・・
どのくらい経っただろうか。職員玄関の開く音がした。俺は背を向けたまま死角になるところに少し移動した。
足音はいったん遠ざかったが、止まる。少しすると近づいて来た。
誰の足音か分かっている。振り向いてはいけない。
・・・いけないと分かっていたが、もう無理だった。振り向くとやはり、同じように目に涙を溜めた・・・あや。
咄嗟にあやの手を引き、走る。
誰の目にも止まらない所まで。
校舎の裏側の室外機の影、そこにあやの身体を押し込むと、思い切り抱きしめた。あやも抱きしめ返してきた。俺たちはやはり同じ気持ちだった。
あやの口からは『ひっく、ひっく』としゃくり上げるような嗚咽が漏れている。体を離して顔を見ようとしたが、あやが「ダメ!」といって回した腕に力を込めてくる。
「あや、あや。・・・会いたかった。」
つい口から言葉が出た。
声に出してはいけなかった。心で想うだけと声を耳で認識することは大きく違った。自分で発した言葉によって自分の箍が外れた。
もう止めることはできなかった。会いたかったんだ。もうずっと。ずっとずっとずっと。夢では何度も見た。・・あやに・・会いたかった。苦しくなるくらい。
がばっと体を離し、あやの顔を見る。
あやは泣き腫らした目で小さく「杏寿郎、ダメ・・・」と言っていたが最後の方の言葉は唇で塞いだ。あやの顔を掌で包み込み、何度も何度も深く舌を入れ口内のあちこちに舌を這わせた。あやの舌も唇も吸った。柔らかく、甘い。頭の奥を溶かすキス。
あやが俺の肩をグイっと押して、やっと唇が離れる。
あやも俺もふぅふぅと肩で息をしていたが、あやが首を左右にふるふると振り、「煉獄先生・・・お疲れさまでした。」と言うと、走って行ってしまった。
俺は暫く放心していたが、スマホのメッセージを通知する音で現実に戻された。「今日は何時になる?」と寿美からだった。「遅くなってすまない。これから帰る。」と返して駐車場に向かった。九時半近くなっていた。
・・・俺は・・・あやが好きだ・・・
後一週間経てば元の生活に戻れるのだろうか。