【沖矢昴・安室透夢】 Madeira〜琥珀色の姫君〜
第5章 君のため
「また必要なものがあれば取りに来ましょう。
車を出しますよ」
「ありがとうございます」
沖矢は重くなったスーツケースを後部座席に乗せ
車を発進させた。
「そよ香さん、警察に被害届は?」
「…出さないつもりです」
「犯人に心当たりでも?」
「まさか。何か盗られたり、
壊されたりしているわけではなかったので…」
「そうですか…」
ニヤリと笑う沖矢の顔はそよ香に見られてはいない。
「沖矢さんの言う通りになりましたね」
「と言うと?」
「昨日の朝言ってたじゃないですか。
そよ香さんはまだしばらく
ここにいることになると思いますしね…って
こうなること、分かっていたんですか?」
そよ香は釈然としない面持ちで
助手席に座っている。
「まさか。男の勘…というやつですよ。
それとも、僕の願望がはからずも叶ってしまった
というところでしょうか」
横目でチラリと沖矢を見やると、
何か含んだ笑いをしている。
(嘘をついているのはお互い様、ね…)
工藤邸に戻るまで、
それ以上二人は会話をしようとしなかった。