第32章 束の間の休息休息(三成と)
『最近の信長さまは、とても可愛らしいと思います。
前にも思いましたが、信長さまと言うよりは、ひなさまとお呼びした方が お似合いのような…。』
三成が、じっとひなの目を見つめている。
(な、なんだろう。)
何かを考え込んでいるような三成と、暫くひなは見つめ合う。
暫くして意を決したように三成が言った。
『書庫の中では、ひなさまと お呼びしてもよろしいでしょうか?』
(…なんだ、そんな事か。真面目な顔で悩んでるから心配しちゃった。)
『別に書庫の中だけじゃなくても、呼んで貰って構わないけど?』
ひなが答えると、また三成の尻尾のような寝癖が揺れる。
『いえいえ、それでは他の家臣らに示しがつかないでしょうから。』
(そうか…。私は確かに女だけど、お殿様である以上『ひなさま』じゃまずいんだよね。)
ひなが一人で納得する。
『ですから…ひなさま。』
『ん?なに?』
『ひなさま!』
『…なぁに?』
(なんだろう?)
『ああ!いえ、呼ぶ練習をしていました。ここでは、この名前をたくさん呼びたいのです。』
三成が照れ臭そうに笑う。
その顔を見ていると、なんだかくすぐったい気持ちになった。
『うん、いっぱい呼んで。』
『はい!ところで、ひなさまの名前を呼ぶたびに心の臓あたりが痛いような…。
チクリと刺されたような不思議な感覚になります。』
(えっ!?心では、呼んだらいけないと思ってるから…とか?)
うーん。
二人で首を傾げるが、答えは出てこない。
沈黙を破るようにひなは言った。
『ま、いっか。』
ほのぼのと笑い合う二人に、恋の便りはまだ遠い。