第25章 懸崖撒手(けんがいさっしゅ)/後編
『天下布武を掲げ怖いもの無しの貴様が、たかだか大砲に怖じ気づくなど考えられんな。
…何を企んでいる?』
信長と名乗った女は一度、ぎゅっと唇を噛む。
『すぐに信じて貰えるとは思ってなかったけど…。
兎に角、私に企みなんてありません。今は、これしか言えないんです。』
力を宿した瞳で謙信を見つめる。
『いいだろう。腹を明かす気はないのだな。ならば潔く ここで散れ!』
謙信が刀を振りかざした。
ガキィィィン!!
激しく刃物のぶつかる音が暗闇に響き渡る。
『なに?』
謙信が振り下ろした刀を、間一髪で佐助が受け止めていた。
『貴様、俺に歯向かうとは。血迷ったか?』
謙信が冷ややかな視線を佐助に落とす。
『いえ、俺がこの乱世で忠義を誓うのは謙信さま、ただ一人。』
『ならば何故 止める。』
『大至急、謙信さまにお伝えしなければならないことがあったもので。』
ゆっくりと謙信が刀を下ろす。
『刀を引いて頂き、ありがとうございます。つい今しがた、川沿いに潜む怪しい人影を確認しました。
海賊のような身なりでしたので、毛利元就の手の者かと。』
『なに?それでは信長の言うことは、あながち間違いでは無いと?』
『信長?あぁ~はい、信長。』
チラッと振り返り何かを悟った佐助が言葉を続ける。
『短筒や大砲を所持しているようでした。
このまま進めば奴等の射程距離に入ります。』
謙信は、佐助越しに見定めるような視線を女に送る。
嘘をついているようには見えんな。
『解った。一旦この戦はお預けだ。佐助、兵を引く。
先に戻って部隊に伝えろ。』
『はい。』
返事をすると、佐助は煙のように消えた。
『信長、これで終わりでは無い。貴様とは、また改めて刀を交えよう。』
謙信は羽織を翻し、元来た道を帰ってゆく。
『あ、ありがとうございます!』
見なくとも、女が深々と腰を折って礼を言っているのが解る。
あれは本当に信長なのか?