第23章 懸崖撒手(けんがいさっしゅ)/前編
馬の左側に立ち鐙(あぶみ)に左足を掛けると、勢いよく右足を蹴りあげる。
すとん!
(あれっ?)
『どうかなさいましたか?』
ひながキョトンとしていると、不思議そうな顔で政宗が尋ねた。
『ううん、なにも!』
(ホントだ。私、普通に乗れてる!)
「だからそう言っただろう。」
ふいに温もりが背中から包み込む。なにかと思えば、本家・信長も ひなの後に跨がり、抱き締めるようにして手綱を引いていた。
『わっ!』
思わず叫んで振り返る。本家・信長は、面白そうにニヤリと笑っていた。
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秀吉を先頭に、織田軍が暗闇の中を静かに進む。
後方には政宗の、その間に三成の部隊が挟まれる形だ。
ひなは中程の三成の部隊に居る。
『申し訳ありません、信長さま。
本来であれば、最後尾にいらした方がよいかと思うのですが、なにぶん今回は兵が少なく、前後からお守りした方が安全と判断致しました。』
『構わないよ。気を遣ってくれて ありがとう。
ところで三成くん、このスピードだと、どの辺で武田軍や上杉軍に かち合うの?』
『す、ぴぃど、とは?』
『あー、えっと、この速さ、だと。』
えへへ、とひなが笑って誤魔化す。
『そうですね、上杉軍と武田軍が真っ直ぐこちらに進軍しているとすれば…
国境より向こう側の美濃の辺り。
そして、先にぶつかるとすれば武田軍でしょうか。』
(信玄さま…。)
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『もっと美味そうな甘味が目の前にあるものだから、つい見とれていたよ。』
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『あー、あんなことを言った後に すまない。実は甘味が好物なんだか、男一人で甘味処に入るのが、どうにも照れくさくてね。』
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(大人の色香を漂わせているくせに甘いものが大好きな人、だったな…。)
そんな事を考えながら馬を走らせること数時間。
辺りはすっかり暗くなり、数歩先も見えない。