第18章 謙信
『…待って下さい。』
その背中にひなは言う。
『なんだ?例なら別に…。』
『そうじゃありません!助けていただいたことには感謝します。でも、傷つけることは無かったんじゃありませんか?』
夕陽が男の顔にかかり、片方ずつ色の違う瞳があらわになる。
思ってもいなかった言葉を聞いたせいか、男が目を見開いた。
『ぬるい事を…。』
男がひなを身体ごと、ぐいっと引っ張る。
『なっ…!』
同時に素早く刀を抜いた。
ザシュッ!
聞き慣れない音がして、はらり…と左の耳元で髪束が落ちる。
ゆっくりと振り替えると、侍が刀を振りかざした姿勢のまま、仰向けに倒れていた。
『きゃあっ!』
確認しなくとも、息絶えているのが解る。
無意識に目の前の男の胸にしがみついた。
『…やらなければ、やられる。この乱世では至極当然のことだ。
武士も町民も関係ない。お前も、この時代に暮らす者なら肝に命じておけ。』
厳しい事を言いながらその手は あやすように、ひなの背中をそっと撫でていた。
そうして ひなの震えが止まった頃、男はそっとひなを抱く手をゆるめた。
『俺の名は…上杉謙信。もしまた良からぬ者に会ったときには、この名を告げろ。
少しは役に立つかもしれん。』
色違いの瞳と視線が絡む。
この人が怖い…。怖いはずなのに安心している自分もいて複雑な気持ちになる。
『日が落ちる前に、なるべく急いで帰れ。』
そう言うと、謙信は安土城とは真逆の道を去っていった。
今日 会った面々と対峙することなど、ひなは、まだ知らない…。