第18章 謙信
(もう夕方だし、私もそろそろ帰らないと…。)
城を抜け出したのがバレたら、どんなお叱りを受けるか解ったものではない。
安土の城下を惜しむように眺めながら行く。
一間(いっけん=約2m)ほど後ろを、男が一人つけ歩いている。
(なんか視線を感じるなぁ…。)
ひなが近くの店を覗くふりをして、さっと後ろを伺うと、侍風の男が見えた。
(ちらっとしか見えなかったけど、なんかすごい目で睨まれていたような…。
この時代に来てまだ日が浅いのに、そんなに恨まれるようなこと、したっけ!?)
店を出て、少し足早に歩きだす。町の中心部を抜けると人も疎らだ。
それでもまだ、人影がつけてくる。
(ちょっと怖い…。あそこの路地に入って、まこう!)
タタッと走って細い道に入る。が、先は行き止まりだった。
(うそ…どうしよう!)
ジャリッ、ジャリッと小石を踏む足音が近付き、呆然とするひなの手首を掴んだ。
『痛い!』
『クックッ、自らこんな人気の無い所に逃げ込むとは、貴様、好き者か?』
(なに言ってるの!?この人…。)
無精髭が生え髪も乱れて、だらしの無い風貌が余計に恐ろしさをあおる。
『離してください!』
力一杯 手首を振りほどこうとするものの、びくともしない。
『足掻くな、小娘!』
(誰か…!)
思わず目を瞑ると、ウッ、と男の呻き声がした。
(えっ?)
ずるずると、その場に倒れる侍の後に誰かが立っている。
ひなは慌てて身構えた。
侍の背中に赤い筋が走っていたからだ。
(これ…刀傷?)
『信長が治めている町が、どれ程のものかと思って来てみれば…。
せめて俺と やりあえる輩ならば良かったものを。』
男は、シュッ!と一度 刀を振って鞘に戻す。
『貴様も さっさと家に帰れ。また、おかしな輩に 付け狙われたくなければな。』
何事も無かったように、くるりとひなに背を向けて
立ち去ろうとする。