第16章 信玄
『お嬢さん、今の優男(やさおとこ)と知り合いかな?』
ん?なんか上から声が降ってきたよう…な?
思うと同時に、ひなの体が大きな影に隠された。
後には背の高い男が立って ひなを見下ろしている。
うわ…大きい!180センチ以上ありそう。
『あ…いいえ、今、声を掛けられて立ち話をしていただけです。』
『そうか、それなら良かった。本人は解っていないようだが、騙された女子は数知れず。
あの男は無意識で色香を振り撒いていてね。君も気を付けた方かいい。』
そういうあなたも、かなりの色男ですが。
突っ込みたい気持ちを、ぐっと堪える。
『そうだ、お嬢さん、少し時間はあるかな?』
『え?はい、少しなら。どうかなさいましたか?』
道でも聞きたいのかな。ひなが答えると、男はニッコリと微笑んだ。
『すぐそこに旨い甘味処があるんだが、よければ一緒に如何かな?』
『えっ?いえ…私、そのー、約束が…。』
たった今、気を付けろって言ってたくせに私を誘うって、どういう…。
『あー、あんなことを言った後に すまない。実は甘味が好物なんだか、男一人で甘味処に入るのが、どうにも照れくさくてね。』
ポリポリと頭を掻く。なるほど!現代で言うところの、「パフェ好きだけど頼むの恥ずいー。」ってことかな。
『そういう事なら。私でいいんですか?』
男は嬉しそうに『もちろん!』と間髪いれずに ひなの手を取り歩き出した。
『えっ、ちょっと…あの!』
自然な仕草にドキドキしているのはひなだけらしい。
振りほどくもの不自然だし…。
迷っているうちに甘味処に着いてしまった。
『さ、お嬢さん。』
男から勧められるまま店先の長椅子に腰かける。
『もうすぐ「嘉祥(かじょう)の日」と言って、和菓子を楽しむ日が来るんだよ。
少し気が早いけれど、心置きなく甘味が食べられる時期に お嬢さんに会えたのも何かの縁だろう。』