第62章 譎詭変幻(けっきへんげん)
『…北条の亡霊共を倒すため、貴様らに協力を頼む、とな。』
『え?は、はい。かしこまりました。では。』
うむ、と信長が短く頷くと、蘭丸は、天守に来た時と同じように素早くその場を去った。
(蘭丸くん、少し驚いてたみたいだったな。それもそうか。
この信長さまが素直に誰かを頼るなんて、あんまりないことだもんね。それも、自分を恨んでる人がいる敵陣営に。)
そんなことを思いながら、ひなは そっと信長を見つめる。
『そこにいるのだろう、光秀。』
『はっ。』
滑るように障子が開き、白い髪が風に揺れる。
『いつの間に!?』
(全く気付かなかった。なんやかんやで騒がしかったしな。)
『お前が信長さまに触れられて、生娘のように喘(あえ)いでいた辺りから、かな。』
(っ!また人の考えを見透かして…っていうか)
『喘いでません!』
『ふっ。本気にするな、いつもの冗談だ。それに、静かな場所でも、お前は気付かないだろう?』
『うっ、そうかもしれませんけど。』
(光秀さんが気配を消すのが上手すぎるんです。)
『ひな、貴様の体調が戻ったら、好きなだけ喘がせてやるから今は大人しくしていろ。』
『信長さままで!』
『光秀、摠見寺(そうけんじ)に行き、帰蝶を連れてこい。』
『御意。』
ひなの慌てる顔を見てクスりと笑うと向きを変え、光秀もその場を離れた。
(もう!二人して私で遊ばないでよ。でも、なんで帰蝶さんを呼ぶんだろう?)
ひなの頭に素朴な疑問が浮かんだ。
『信長さま、なにゆえ帰蝶を連れてこさせるのですか?』
その場の誰もが考えていたであろう疑問を、秀吉が苦虫を嚙みつぶしたような顔で ぶつける。
『此度のひなの不調は、病的な物では無かろう。
とすれば、呪(まじな)いかなにか…。あやつは易学に詳しい。
有益な情報が得られると判断したからだが、不満か?』
『いえ、そういう訳では…。』
納得がいかない様子の秀吉を見て、慶次も付け加える。
『お館さま、秀吉は心配なんですよ。またあいつが、ひなに何かするんじゃないか、ってね。』
言いながらひなを見る。