第62章 譎詭変幻(けっきへんげん)
『秀吉さま、触っても大丈夫かなんて迷ってる場合じゃないよ。
さっきまでの感じと明らかに違う!ひなさまの足、検(あらた)めてあげて。』
蘭丸が思わず声をあげた。
秀吉は、ハッと我に帰ったように蘭丸を見る。
『そうだな、そんなこと考えてる場合じゃないな。ひな、足を見せてみろ。』
足を押さえているひなの手に、秀吉が自分の手を重ね、そっと動かす。
『何だこりゃ…。』
白妙(しろたえ)の肌は、所々、青紫色に変色し、
信長が触れたらしい脹ら脛(ふくらはぎ)部分に至っては、紅く焼け爛れたように見える。
『いったい、どうなってんだ。』
秀吉は恐る恐る、指の先で紅くなった脹ら脛に触れ、視線をひなに戻して言った。
『これじゃ痛むよな、手も払い除けたくなる。お前を叱るような事言って悪かった。』
だが予想に反して、ひなの返事は軽いものだった。
『今は、痛く無いですよ。』
『ん?』
改めて脹ら脛に視線を落とすと、先程まで真っ赤だったものが薄っすら桃色になり、滑らかな肌に戻っている。
『なにっ!?』
秀吉は驚いて、ひなの足を あちこち擦る。
『秀吉さま、さすがにそれは触りすぎ!』
頬を膨らませた蘭丸が、後から秀吉に抱きついて、ひなから引き剥がした。
『ああっ、すまん!』
紅い顔で秀吉が両手を上げる。その姿に、ひなが小さく笑う。
『いえ。心配してくれてありがとうございます、秀吉さん。でも、なんでだろう。』
(変なの。さっき信長さまに触れられた時は、本気で涙が出そうなくらい痛かったのに。)
ひなが首を傾げるのを、信長は無言で見つめていた。
『許せ。』
短く呟くと、再びひなの足に触れる。
『きゃぁーっ!』
その瞬間、天守に悲鳴が木霊(こだま)した。
『何事ですかい、すげぇ声がしましたぜ!?』
壊れんばかりに障子を開け放ち、慶次が現れた。