第62章 譎詭変幻(けっきへんげん)
『どうして…さっきまで何とも無かったのに。』
慌てて右足にも触れるが、こちらはまだ、変色や感覚の麻痺はないようだ。
ホッと息をつくひなを、蘭丸が無言で横抱きにする。
『わっ!』
(蘭丸くん!?急に何っ!)
『巧遅(こうち)は拙速(せっそく)に如(し)かず。』
『どういう意味?』
『んー、上手だけど遅いより、下手でも速い方がいいでしょ、って意味かな。
信長さまは、きっと天守だよね。急ごっ!』
(迷惑かけたくないからって、歩けない私が頑張って一人で行くより、蘭丸君が抱えて行った方が速いよね、って言ってくれてるのかな。)
『あの…おかしいのは左足だけだから、壁に寄りかかりながらなら歩けるよ?』
(これくらいのことで抱っこしてもらうなんて、申し訳無さ過ぎる!)
『そうかもね。でも、俺の足、すーーーっごく速いから見てて!』
そう言い終わらないうちに、激しい風がひなの頬を擦った。
『ひゃっ!』
思わず蘭丸の首に縋り付く。
『ふふっ。ひなさま、可愛い。ずっとこうしていたいけど、今は、そうも言ってられないのが残〜念。』
(ぎゃあぁぁぁ…!!)
その言葉通り、蘭丸は疾風(はやて)のように城内を駆け抜け…あっと言う間に天守に足を踏み入れていた。
『信長さま、蘭丸です。失礼します。』
『入れ。』
『どうしたんだ?お前ら。』
信長と一緒に話し合いをしていたらしい秀吉と三成が、目を丸くする。
うやうやしく障子が開いたと思ったら、髪を乱した蘭丸と、
蘭丸に抱き上げられ着物の裾をはためかせたひなが現れたのだから、驚くのも仕方ない。
『ひなさま、失礼致します。』
さり気なく、三成がひなの着物の裾を整えた。その指先がピクリと動く。
『…急を、要するのですね。』
『うん。』
三成の問いかけに小さく答えると、蘭丸がひなを、そっと畳の上に降ろした。
『信長さま、ご挨拶もそこそこに すみません。』
『構わん、楽にしろ。足の具合が悪いのだろう。』
(信長さまの観察眼やっぱり凄い!私、まだ目の前では歩いてもいないのに。)
『ありがとう…ございます。』
おずおずと、その場に腰をおろす。