第60章 感恩戴徳(かんおんたいとく)
『光秀。』
その時、信長が光秀を呼んだ。
信長の周りには未だに、酌をしたいという家臣達が列をなしている。
『おや、我が主がお困りのようだ。手助けにいかねば。それじゃあな、ひな。
ところで元就殿、左腕での射撃訓練は順調かな?』
『…まあな。』
『そう怖い顔をなさるな、善意の暴走だ。それでは失礼。』
会釈をして、光秀がその場を去った。
『食えない男だな。』
立ち去る背に元就が物言う。
『そうですね。こんなに美味しいのに食べないなんて勿体ない。
前に聞いたことがありますが、光秀さんは食べられればなんでもいいそうです。
煮魚と甘味を混ぜて食べちゃうような人なので。』
言いながら、ひなは二本目の餅を咀嚼している。
『その「食えない」じゃ、ねえ。
にしても、お前、酒も甘味もいける口か。末恐ろしいな。』
『元就さんは、お酒が飲めなくて残念ですね。』
ひなが気遣うように答える。
『はぁ。お前と話してると、流石に俺も自分が可哀想だと思うわ。』
肩を落としながら、元就も餅に口をつけた。
『ああ、言い忘れてたが、俺達は今夜のうちに郡山城に戻る。』
『えっ、とんぼ返りですか?一日くらい、ゆっくりしていったらいいのに。
幸い安土城には部屋もたくさんあることですし。』
『そう出来りゃ良かったんだが。』
言葉を切ると、元就が辺りを見回す。
つられてひなも首を動かすと、あちらこちらにいる織田の家臣が、こちらに鋭い視線を寄せていた。
『なんせ俺は、この城に大筒撃ち込んだ恨敵(こんてき)だからな。』
(そういえば…そういう事もあったっけ。)
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ドォォォォォォ…ン
遥か高いところから轟音が響いた。
『わっ!!なに?なんの音!?』
咄嗟にしゃがみこんだみわが、音のありかを探す。
『…天守が!!天守が…崩れてる?』
(どうして!?)
城下の森の中に一角だけ木が薙ぎ倒された場所があった。
目を凝らすと、車輪に支えられた大きな筒のような物が見える。
歴史の教科書でしか見たこと無いけど、あれって…大砲?
もう一度、大砲のあった場所を見ると、その誰かはマントのような物を翻し森の中へ消えて行く。
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