第60章 感恩戴徳(かんおんたいとく)
『やっぱり出来る武将は着る物から違いますね。』
羽織を撫でながら、ひなが感嘆の声を上げる。
『…。』
光秀はポカンと口を開け、一弾指(いちだんし)動きを止めた。
(※一弾指〜指を一度はじくほどの短い時間)
そして、参ったとばかりに呟く。
『人の振り見てなんとやら、か。
まあ、お前に謀られるのなら、それもまたよし。元就殿、謀られた者同士どうかな、一献。』
光秀が徳利を傾け、元就に言う。掌で遮って、元就は、すげなく誘いを断った。
『悪いが、酒は飲まない主義でな。』
『それは残念。』
(全然、残念そうに聞こえない。
ん?っていうか元就さんってお酒飲まないんだ。それじゃやっぱり、部屋の外にいた時も私の体を気遣ってくれてたんだ。)
『元就さん、色々とお気遣い、ありがとうございます。』
ひなは、そっと外套を脱ぎ丁寧に畳むと、元就の前に置いた。
『でも、やっぱりこれは、お返しします。』
『はっ…お姫さんが、俺みたいな海賊野郎の着物は着れねえよなぁ。』
顔を歪め憎まれ口を叩く元就に、満面の笑みを向けながら ひなが言う。
『いいえ、本当なら「毛利元就の外套ゲットだぜ!」と喜びたいところです。』
『げ、月桃?花がどうした。』
ガッツポーズのひなを見ながら元就は首を傾げる。
(※月桃~ショウガ科・ハナミョウガ属に分類される多年草で、熱帯から亜熱帯のアジアに分布し、日本では九州南部~沖縄にかけて自生している。)
『私は、立派な外套を貰うより、元就さんが元気な方が嬉しいです。元就さんにも風邪引いて欲しくないんです。
だから、これは元就さんが着て下さい。それから…。』
今度は光秀の方に向き直る。
『光秀さんも。私だって自分の部屋に行けば、着る物は沢山あります。
こんな立派な羽織り、頂けません。なので、そのお気持ちだけ頂戴します。ありがとうございます。』
『欲のない女子だ。』
『そうでしょうか。あ、食欲なら人一倍あります。
光秀さんも如何ですか、川通り餅。すっごく美味しいですよ。』
餅の包みに手を伸ばし、一本掴むと光秀に差し出す。
『いや、俺は何を食べても感じることは同じだ。お前と同じく、気持ちだけありがたく頂いておく。』