第60章 感恩戴徳(かんおんたいとく)
(雪の冷たさが気持ちよくて、外でゆっくりし過ぎたかな。)
などと呑気なことを考えていると、肩にふわりとした暖かさを感じた。
元就が、着ていた外套(がいとう)を脱いで、ひなの肩に掛けたのだ。
『大丈夫か?これでも羽織ってろ。』
『ありがとうございます。でも、これじゃ元就さんが風邪ひいてしまいます。』
『俺は平気だ。寒くねぇよ。』
『あれ?でも、さっきは寒いから早く広間に入れって…。』
『広間が暖けえから大丈夫だ、つってんだろ。』
(え、怒ってる!?私、なんか怒られるようなことしたっけ。)
『そう…なんですか?それじゃ、お借りします。ありがとうございます。』
曖昧に頭を下げると、すぐ隣から笑い声がする。
『ハハッ、今日一番の見所(みどころ)だな。謀略王が謀(たばか)られる場面を拝めた。』
『あー?』
噛み付かん勢いで元就が振り返ると、光秀が手酌をしている。
視線こそ外しているものの、その言葉は元就とひなに投げた言葉だと見て取れた。
『謀るって?というか光秀さん、なんでそんなに笑ってるんですか?』
手にした盃が揺れるほど笑う光秀が珍しく、思わずひなが尋ねた。
『まったく、お前という奴は。俺は、なんとも元就殿が可哀そうになってきたぞ。』
『訳解らねえこと言ってんじゃねえよ。
病み上がりなんだ。気をつけるにこしたことねえだろうが。』
それ以上寄せられないほどに眉間に皺を寄せながら元就が言葉を吐くと、光秀も「なるほど」と頷く。
『それは一理あるな。そう言う元就殿も病み上がりのはず。それならば俺の羽織をあげよう。
ひな、その外套は元就殿にお返しして、これを羽織るといい。』
差し出されたのは、手触りの良さそうな生地で作られた分厚い羽織だった。
(うわぁ、綺麗な羽織り。元就さんといい、光秀さんといい…。)