第60章 感恩戴徳(かんおんたいとく)
『そんなこと言ってねえよ。これは、ただの手土産だ。』
ずいっと元就が押し出す包を見ると、串に刺さった柔らかそうな餅に、これでもかというくらい黄な粉がかけてある。
(うわぁ。美味しそう〜。)
そう考えた時。
ぐぅぅぅぅ〜っ!
『わーっ!』
ひなの腹の虫が、盛大にその存在を主張した。慌てて腹を押さえるが、もう遅い。
(は、恥ずかし過ぎる。恥ずかし過ぎて空いた口が閉じれない…。)
『くっくっくっ。正直な腹だな。ほらよ。』
元就が串を一本掴み、開いたままの ひなの口に放りこむ。
『むぐっ!』
反射的に噛みしめると、優しい甘みが口一杯に広がった。
『んっ、美味ひい〜。』
(これ、求肥(ぎゅうひ)なんだ。柔らかいのに適度な弾力もあって、口が喜ぶ!)
『これなら、いくらでも食べられそうです。』
串を引き抜き、もごもごと口を動かしながら言うと「そうだろう、そうだろう」と満足げに元就が頷く。
『俺の妹を餌付けするな。』
信長が身を乗り出し、ひなの上に影を作る。
(えっ!あ…私が先に食べちゃったの、まずかったかも。)
『の…。』
両手で顔を包まれ、信長、と動こうとした口元を指で拭われる。
『ふっ。あっちも こっちも 黄な粉だらけだ。白粉(おしろい)が塗り足らんかったのか。』
信長は、面白い物でも見たと言わんばかりに笑った。
『あれっ、そんなに!?ごめんなさい。』
あたふたしているひなの前で、元就は不満そうだ。
『兄貴の接し方にしちゃあ、ちょいと度が過ぎてると思うがなぁ。』
その呟きは辺りのざわめきに掻き消され、誰にも聞こえていないようだ。
続けて、元就が折り畳まれた奉書紙を差し出す。
『本来の詫びの品はこっちだ。』
信長が視線で即すと秀吉が頷き、その紙を手に取った。
『僭越ながら、俺が改めさせて頂く。』
『好きにしろ。』
元就の声を受け、秀吉が紙を開く。