第60章 感恩戴徳(かんおんたいとく)
『報復に参ったか。』
(報復?)
『ちょっと二人とも。落ち着いてください。』
ひなが間に割って入るが、気にも止めずに元就は続けた。
『お前んとこの部隊を黙らせる為に苦労したぜ。お陰でこのざまだ。』
包帯の巻かれた右腕に長政の視線が止まる。何かに気付いたように眉間に皺を寄せ、ぼそりと呟いた。
『潰した敵の大将とは、貴様の事だったのか。』
『あ?てめぇも、その目で見てただろうが。』
元就の問いかけに、長政は言いにくそうに口を開く。
『貴殿と対峙していたのは私ではない。』
『なんだと?』
『あれは、私の影武者だ。
敗走し私の部隊と合流した時に、その者が「敵の大将は潰した」と言っていた。』
一瞬の沈黙の後、元就が口を開いた。
『マジかよ。俺達は、まがい物に踊らされてたってわけか。ちっ、やってらんねぇな。』
言いながら頭を掻きむしる。長政は、そんな元就を真っ直ぐに見つめて言った。
『元就殿、先般の失礼をお詫びいたす。貴殿にそのような大怪我を負わせる気など無かった。どうか許して欲しい。』
長政は、そう言うと深く頭を下げた。
(長政さま…。)
『別に今更、謝って欲しいわけじゃねぇよ。
旗印だけで本物の浅井長政だと疑わなかった、俺の責任だ。気にすんな。
その代わりと言っちゃなんだが、俺の怪我が治ったら、改めて殺りあおうぜ。』
(影武者と戦わされたことに怒ってるんだよね。気にするなって、さらっと殺し合おうって言ってるんだけど!)
ひなが青くなる横で、長政は清々しい顔で言った。
『いや、やめておこう。俺は暫く、友人の喪に服しながら、ゆっくりと過ごしたいのだ。』
その目は、遠くを見ているような、すぐ隣に居る誰かを見ているような、不思議な眼差しだった。
『…そうかよ。じゃ、喪が明けるまで楽しみに待っとくぜ。』
微かに口元を緩める長政の姿に、元就も何かを感じ取ったのだろう。
それ以上、何か言うことは無かった。
『さて、それじゃあ改めて詫びといこうか。』
元就は、長政に向けていた意識を、正面に座る信長へと引き戻した。