第60章 感恩戴徳(かんおんたいとく)
(ふぅ。お酒には弱い方じゃ無いけど、楽しくて流石に飲み過ぎたかな。)
市にだけ、そっと『厠(かわや)へ行ってくる』と告げ、ふらつく足取りを隠し廊下に出た。
すっかり日は暮れて辺りはもう薄暗く、火照った体に夜気(やき)が心地いい。
厠を出て、酔い覚ましに縁側にしゃがみこんだ。
植木に積もった雪を触って思わず声を上げる。
『っ冷たっ!でも気持ちいい。』
『なんだ、一人で酔って気持ち良くなってんのか?なんなら、俺がもっと気持ちよくしてやるぜ。』
(え?)
降って来た声に、目を見開いてその姿を振り仰ぐ。
『も、元就さん!?』
『よぉ、元気にしてたか、お姫さん。』
『それはこっちの台詞です!怪我は?もう大丈夫なんですか?』
先の大戦の後、安土城で大人しく静養していたのも束の間。
気付けば元就は傷も癒えぬうちから、家臣共々さっさと安芸に帰っていた。
良く見ると未だ右腕には包帯が巻かれ、三角巾で首から吊るされている。
それを痛々しそうに見つめるひなに、元就は苦笑いを浮かべた。
『ま、そう簡単に全快はしないわな。だが、俺の頑丈さを舐めんなよ。ひなが心配することじゃねぇ。
それに、仰々しく包帯なんか巻いてるが、お前んとこのお節介な御殿医と、うちの心配性の家臣の顔、立ててるだけだからよ。』
『それって・・・』
(家康と、元就さんに付き添ってた家臣の人が言ってること、ちゃんと聞いてるってことだよね。)
『フフッ。』
『なんだ?』
『なんでもありません。』
『お前、たまに気になる笑い方するよなぁ。あんまり調子に乗ってると、へらへら笑えねぇようにしてやるぞ。』
元就が目を細めて怖い顔で脅すが、ひなはちっとも怖くなどない。
むしろ元気になっている証拠だと思えて、嬉しくてたまらなかった。
『はぁ、脅されて喜ぶなんて変わってんな、お前。やってらんねぇから俺も呑むぞ、付き合え。』
元就がひなの肩に手をかける。