第59章 傾国美女(けいこくのびじょ)
『貴様は今、市は謀(はかりごと)など預かり知らぬ身だと言ったな。』
長政が、こくりと頷く。
『もし本当にそう思っているのなら、貴様は大馬鹿者だ。
何故なら、先の大戦で織田軍が敵に前後から挟まれていて危険だと知らせたのは…他の誰でもない。
そこにいる市だ。』
『えっ?』
(なんで、市さんがそんなこと解ったんだろう?)
『そ、そんな馬鹿な!私と義景殿で秘密裏に画策していたこと。市に解るはずが…。』
『無いと言い切れるか?仮にも俺の妹だぞ。あまり舐めてかからん方が身の為だ。』
思わず市を見ると、市は信長と視線を合わせ、ほんのりと笑っている。
(この人と同じ血が流れてるなら、確かに何でも解っちゃいそう。)
『まあ、「女の勘」というやつだったんだろうがな。』
信長が、市とひなに交互に視線を送り、にやりと笑った。
長政も不可思議な物でも見るように、市とひなを見詰めている。
長政の視線を受け止め、ひなはにっこりと微笑んだ。
『長政さま、お初にお目にかかります。
ひなと申します。先日、義妹になりました。
以後、お見知りおきを。』
体の前に手をついて、ゆっくりと頭を下げた。
長政も、慌ててひなに向き直り頭を垂れる。
『こちらこそ。初見なのに、お恥ずかしいところをお見せしました。
市と手紙のやり取りをして下さっていたとのこと。ありがとうございます。』
『いいえ、私の方がお礼を言わなくては。
安土には、あまり女性の知り合いがいなかったので、女同士の話が出来ずに寂しい思いをいていたんです。
だから、こんな綺麗なお姉さんが出来て嬉しいんです。それに…。』
ちらりと信長を見る。
『素敵な兄が二人も!私は幸せ者です。』
満面の笑みを浮かべると、信長は満足そうに頷いた。
『!…ありがとう。ありがとう、ひな様。』
長政が声を震わせた。
その背を撫でてから、市がひなに向き直る。
『ひなさん、市です。ご挨拶が遅くなりました。』
躙(にじ)り寄り、ひなの両手を優しく包む。
『手紙にも書いたけれど、本当に貴方がいてくれて良かった。』
『私も、です。』
にっこりと笑い合う。
『やっぱり思った通りだったわ。』