第59章 傾国美女(けいこくのびじょ)
『なー、悪かったよ。怒るなって。』
『怒ってません。』
(今、立ち止まったら、緊張してるのバレるから!
慶次相手に緊張とか、ありえない。)
『やっぱり怒ってるじゃねえか。』
『怒ってないったら!』
思わず大きな声が出てしまう。
『おやおや、痴話喧嘩は犬も食わない、とな。
お前達、かなり目立っているぞ。』
そろそろ城下町という辺りまで来ていたらしく、町の人々の視線が二人に集まっていた。
(わっ、全然気付かなかった。
でも目立ってる理由の半分は、慶次の派手な出で立ちのせいじゃ…ん?)
『あれ、光秀さん。こんな所で何してるんですか?』
(もしかして、また諜報活動?)
『ただの町歩きだ。お前が思うような事はやっていない。』
(光秀さんってエスパー並だ。)
『お前がわかり易すぎだからだ。』
(わっ、また読まれてる。)
『ははっ、確かにな。だが俺はひなの、わかり易くて素直な所にも惚れてんだ。』
慶次が、ぐいと肩を抱き寄せた。
『わっ!』
『おっと、そんなに乱暴に引っ張ったら転んでしまうだろう。』
ふらりと傾いたひなの両手を掴んで、光秀が真っ直ぐに引き戻す。
『わわわ!』
慶次と光秀はお互いを見合ったまま、暫く動きを止めた。
(なんなの、この二人!?)
『もう!これじゃ歩けません。早く買い物を済ませてお城に帰らないと、政宗が正月料理の仕込みを終わらせられないじゃありませんか。
二人とも離れてください。』
光秀に掴まれている両手を振り解き、その手で肩に乗った慶次の手を払う。
はぁ、と短い溜息をついて、一人たったと歩き出した。
『おっと、更に怒らせてしまったかな。』
『一緒にすんなよ。俺は怒らせてねぇからな。やばい、見失っちまう!』
慶次は急いでひなの後ろ姿を追い掛ける。その後ろを、距離を保ちつつ光秀も着いてゆく。
『なーんで光秀まで着いてきてんだ?』
慶次が笑いながら尋ねるが、その目は笑っていない。
『俺は、こっちに用があってな。お前達も同じ方向か?奇遇だな。』
光秀も、感情の読めない笑顔を返す。