第58章 殊塗同帰(しゅとどうき)
『…その無駄に驚いた顔どうにかしやがれ。俺だって不思議なんだよ…。』
元就の両の瞼が、ゆっくりと下りた。
『…元就さん?』
やがて規則的な寝息が聞こえだす。
(あ、本当に寝ちゃったんだ。やっぱり相当、疲れてるんだろうな。)
起こさぬように静かに立ち上がろうとするが、着物の裾を力なく捕まれ動きが止まる。
無視して立ち上がればいいのだけれど。
掴む力の弱々しさが「行かないで。」と泣いて縋る子供のようで振りほどけない。
ひなは、その場にゆっくりと座り直す。
『それじゃ、もう少しだけ居ます。急ぐ予定も無い事だし。』
自分に言い聞かせるように話すと、元就の手をふわりと握る。
暫くそうしていたが、そろそろ先程の家臣も戻ってくる頃だ。
(確か元就さんが、煙草、買いに行かせてたよね。
煙草、体調の悪い時は控えて欲しいけど。)
『元就さん、私はそろそろ行きますね。』
聞こえてはいないであろう、眠る元就へ声をかけ、ひなが体を傾ける。
『早く良くなりますように。』
そして、元就のおでこに軽く口付けをした。
(あ、つい小さい子にやる感覚で口付けしちゃった!
元就さんって以外と母性本能をくすぐるタイプ!?
でもこれ起きてたら、しこたま怒られる…だろうな。)
そそくさと立ち上がり、ひなは廊下に出た。
丁度、戻ってきた先程の家臣とかち合い、平静を装って言葉を交わす。
『あっ、お帰りなさい。』
『ああ、ひなさま。元就さまは、お休みに?』
『ええ。かなり疲れているんでしょうね。邪魔をしてはいけないので、私は部屋へ帰ります。
あの、元就さんが目を覚ましたら、今は体に障りますから煙草は控えめにって伝えて下さい。
お手伝いすることがありましたら、どうぞ直ぐに呼んで下さいね。』
お互いにぺこりと頭を下げ、ひなは元就の眠る広間を離れた。
『元就さま、只今戻りました。』
広間に入ると、元就は手の甲を額に乗せ溜息を漏らしている。
『元就さま、如何(いかが)されましたか?お顔が紅いようです。また熱があがったのでは…。』
家臣が元就に近寄りながら慌てて尋ねる。