第58章 殊塗同帰(しゅとどうき)
『…。』
そのまま数秒見つめ合う。
(元就さんの視線に絡め取られそう。)
ひなは、さながら蜘蛛の巣に掛かった虫のようだ。
『さあ、どうしたい?』
元就の左手がひなの頬に触れる直前。
(流されちゃマズいっ!)
ハッと我に返り短く息を吐くと、
「ぺちっ」
ひなは元就の額を軽く叩くと勢い良く体を起こした。
『いてっ!怪我人に向かって何しやがる。』
『うん、これだけ元気なら心配いらないですね。』
額から落ちていた手拭いを拾い、もう一度桶の水に浸す。
冷たさを我慢して手拭いを絞ると、そっと元就の額に乗せた。
『家康が調合する薬を飲んで、政宗が作ってくれる料理を食べて、ゆっくり休んで体を治して下さい。
元就さんの事心配してる人は、あなたが思ってる以上に、いるかもしれませんよ。』
にっこり笑うと、チラリと障子に目をやる。
『あっ!』
そこには、先程付き添いを代わった家臣の、驚いた顔があった。
『…何やってんだ、貴様。覗きか?趣味悪ぃな。』
『ちょっと元就さん!そんな言い方…。』
元就に問い質(ただ)された家臣は、あたふたと弁明を始める。
『も、申し訳ございません。やはりひなさまに、その…付き添いをお願いするのは忍びなく…。』
最後はモゴモゴと口籠り、しょんぼりしてしまった。
(あー…。ほら、落ち込んじゃった。きっと元就さんの事が心配で仕方ないだけなのに。)
『そんなとこ突っ立ってる位なら、煙草でも用意しろ。ずっと寝てたせいで口寂しくてしょうがねぇ。』
『は、はい。』
落ち込んだ顔で背を向ける家臣に、元就が声を掛けた。
『それから、俺は趣味の悪い奴が嫌いじゃないんでな。ずっと付き添ってくれてたんだろ。
…ありがとうよ。』
『元就さま…、勿体ないお言葉。付き添うだなんて当たり前です!
ご無事で嬉しゅうございました。』
声を震わせながら言うと、家臣は小走りに去っていった。
(まったくもう。)
『元就さんって天邪鬼だけど、顔に似合わず優しいんですね。』
ひなは元就を振り返り、にっかりと笑う。
『お前も言うようになったよな。』
いじけた顔で言うものだから、可笑しくてひなが笑い出す。