第58章 殊塗同帰(しゅとどうき)
(まだ眠ってるみたい。)
『あぁ、ひなさま!』
人差し指を口にの前に立て家臣の言葉を制すると、眠る元就を起こさぬ様、静かに近付いた。
『交代します。あなたも寝ていないんでしょう?』
小声で家臣に告げる。
『ひなさまに、こんなことお願いするなんて滅相もない!』
慌てて首を横に振る家臣に向かい、軽く片目を閉じると微笑んて言った。
『なに遠慮してるんですか。一緒に手術も立ち会った仲じゃありませんか。さあ、さあ!』
ひなは家臣を立ち上がらせると、「いや、しかし…。」と戸惑う背中を押す。
『申し訳ありません。それでは半刻程お願い致します。』
『気にしないで下さい。半刻と言わず、一刻でもニ刻でも、ゆっくりして下さいね。』
言葉通り申し訳無さそうに家臣が広間を出ていった。
静けさの戻った部屋に時折、うなされているのか、元就の苦しそうなうめき声が洩れる。
額の手拭を取り、そっと掌を乗せたみた。
(うん、少し熱は下がって来たみたい。まだ熱いのは熱いけど。)
横に置いてある桶の水に手拭を浸す。
(冷たっ!もう冬だもんね。そりゃ水も冷たくなるか。)
ぎゅっと固く絞り、再び元就の額に乗せた。
(どうか無事に目を覚ましてくれますように。)
そう願った時、元就の指先がピクリと動いた。
(…今…動いた?)
瞼が、ゆっくりと持ち上がる。ぼんやりと視線を彷徨わせ、その瞳がひなの姿を捉えた。
『お…姫さん?』
(気が付いた!!)
『…っ!元就さん!』
(良かった…。)
『お前、な…んで、そんな泣きそうな顔…してんだ。』
元就はひなに触れる為か、右腕を動かそうとする。
(あっ…!)
『まだ右腕は動かさない方がいいです。』
ひなは咄嗟に元就の右腕を押さえた。
『いっ…てぇ…。』
『わっ、すみません!』
驚いて抑えていた手を離そうとすると、左手で手首を捕まえられる。
こちらを向いた額から、するりと手拭が滑り落ちた。
『左腕は大丈夫なんだろ?』
『は…い、右よりは。』
(左手も掌は包帯ぐるくる巻きだけど。)