第58章 殊塗同帰(しゅとどうき)
『いいえ、私は何もしていません。一人では何も出来ませんでした。
私がもう少し勇気を持っていれば、帰蝶さんを…疑っていれば防げたはずなのに。
いつも迷惑ばかりかけてしまいます。』
(あの時、誰かに相談していれば。私が簡単に信じなければ。
後悔しても遅いけれど、皆が傷つかずに済んだかもしれないのに。)
『はっ、おまえにしちゃ、やけに弱気な発言だな。』
慶次が、からかう様に声をかける。
『そりゃ弱気にもなるよ。自分が怪我するならともかく、周りの人達が こんなに傷ついたら…。』
(さっき気付いた。部屋の隅に座っているのは兼続さんだ。
そして、着物の胸元が赤いのは…きっと怪我をしたせい。
顔には出さないし、どの程度の怪我かは解らないけど、凄く痛いはず。)
『同じだよ。』
俯く顎を慶次が上向かせる。
『俺だって、お前が傷ついたら辛い。てめぇの身ががとうなろうと知ったこっちゃねぇがな。』
『そうだぞ。』
慶次の手を掴んで払い除けながら政宗も同意する。
『それにお前は、そのままでいい。無理に人を疑う必要もない。
そういうのは俺らが引き受けてやる。気付いてやれなくて悪かったな。』
他の武将たちも一様に、ひなへ温かい目を向けている。
『政宗、皆さんも…。ありがとうございます。』
ひなは、自分と同じように思ってくれている武将たちの気持ちが嬉しかった。
(今、私に出来ることをしよう。)
ひなが気を取り直し、そう考えていた時。
『家康以外の武将で、怪我の無い者達は、今から事後報告の会合を行う。
秀吉、場を整えろ。』
信長の凛とした声が広間に響く。
『はっ。』
短く返事をした秀吉が、部下に指示を出し、あっと言う間に会合用の別の広間が用意された。
『ひな、貴様はまだ病み上がりだ。ここでゆっくりしていろ。』
『えっ、でも…。』
『よいな。』
信長への反論は、有無を言わせぬ一言で露と消えた。