第58章 殊塗同帰(しゅとどうき)
ひな達が、他の武将の待つ広間に着いたときには、信玄一行も安土に到着していた。
『やあ、天女が迎えに来てくれるとは、まさに天にも登る気持ちだな。』
『信玄さま!お久しぶりです。謙信さまも、お怪我ありませんか?』
『ああ、久しぶりだな、ひな。お前が健在で嬉しいよ。
得も言われぬ美しさも、そのままでなによりだ。』
信玄が相変わらずの妖艶な微笑みを投げ掛ける。
『こんな時でも貴様は良くまあ、歯の浮くような言葉をべらべらと…。
ひな、あらかた話は聞いた。解毒剤が見つかったのだな。体は大丈夫なのか?』
『はい、ありがとうございます。解毒剤が効いたようで、私はこの通り元気です。』
ひながガッツポーズを作って見せると、謙信が珍しくホッとした顔で笑う。
『ならばいい。』
(わ、謙信様のこんな顔見れるなんて滅多に無いかも…貴重だ!)
『お前に何かあったのなら、早々に原因となった者を切り捨てに行かねばならないからな。』
謙信が刀の柄に手を伸ばしながら言う。
(ええっ、言ってることは物騒!)
『謙信さま。はい、ひー、ひー、ふー。落ち着いて下さい。』
『なんだ、その変な掛け声は。案ずるな、落ち着いている。』
『ならば良かったです。ちなみに、これはラマーズ法と言って、気分を落ち着ける為の呼吸法です。』
(大筋で間違ってはいないけど、何の時にっていう大切な部分が抜けてる気がするよ、佐助くん…。)
『それで?帰蝶は今、何処だ?』
一通り挨拶が終わったのを見計らい、信玄が尋ねた。
『はい、他の広間に。私の血を血清替わりにして注射しましたが、まだ意識のない状態です。』
ピクリと信玄の眉が動いた。
『血を?帰蝶に…なんだって?』
(あ、そうか。注射って言っても伝わらないんだっけ。)
すると、すかさず佐助が口を開いた。
『注射というのは〜』
簡潔で解りやすい説明に思わず心で拍手を送る。
『なるほどな。しかし、天女のお恵みを受けたんだ。
きっと助かるさ。』
信玄は、ふわりとひなの頭を撫でながら言った。