第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
『いや、別に怒ってるわけじゃないから。
大変な時こそ笑ってるほうが、いい。それに不思議だけど、ひなの笑顔見てると、何があっても大丈夫な気がする。』
(家康…。)
『やれることはやった。あとは、この人の運と回復力にかけるしかない。』
『そうだね。』
改めて帰蝶の顔を見る。青白い顔は今も変わらず、起きる気配もない。
『ここはいいから、二人共しばらくゆっくりしてなよ。』
『でも、家康の方が、ずっと手術やらなんやらで休憩してないよね。』
(やっぱり家康の体が心配だよ。)
『俺は平気。もう、一段落着いたから様子見てればいいだけだし。心配しなくても、ちゃんと仮眠も取るから。』
言いながら、そっとひなの頬を撫で、ハッと我に返った様子で手を下ろす。
『…病み上がりと戦いずくめの二人に一緒に倒れられる方が、たまらない。』
家康の突き放したような言い方に、天邪鬼な気遣いを感じて嬉しくなる。
『解った。だけど絶対、無理はしないで。』
家康が呆れた顔で頷く。
『家康さん、俺からも頼みます。あなたが倒れたら、皆きっと大変な事になりますから。
…あ、俺もです。』
(間違いないな。っていうか一番、大変な事になりそう。)
『それじゃ、他の皆が待ってる広間にいるね。』
そう言って佐助と共に部屋を出るひなを、家康が一人静かに見送った。
人の気配が消えた部屋で帰蝶の側に座り直す。
その肢体に顔を寄せ、語り掛けるように口を開いた。
『ひながいるから俺は頑張れてる。
あんたも、あの子にここまでしてもらって、あっさり死ぬような生ぬるい事しないでよね。』
ひとつ溜息を吐いて腕組みをし、家康は壁に体を預ける。
そうして静かに目を閉じた。
※劉寛温恕〜些細なことを気にしない優しく穏やかな性格のこと。