第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
『なるほど、じゃない。無いものをどうやって使えって言うのさ。』
考えてみれば確かに家康の言う通りだ。今から注射器を作るなど、途方も無く時間が掛かることはひなにも理解できた。
『手詰まりってことか。』
慶次が頭を掻きむしって唸る。
『あの、俺は500年後、大学と言う所で色んな研究をしてました。
先日あちらへ飛ばされた際に、色々と運んできたんですが。』
そう言いながら、佐助が懐を弄る(まさぐ)る。
『まさか、こんなにすぐに日の目を見ることになるとは思いませんでしたけど。』
そう言いながら取り出したのは、紛れもなく注射器だった。
『えっ!佐助くん、そんなもの持って来てたの?それに、どうしてそれが懐に…。』
『虫の知らせってやつだったのかも。なんとなく忍ばせてた。』
(なんとなくの基準が計り知れない。)
『くくっ。やはり貴様は面白い。いい加減、
越後の龍とは手を切って俺の所に来ぬか?
金の問題と言うのなら、2倍、いや3倍は出すぞ。』
(すごい!こんなに信長さまから熱心に誘われるなんて。
お給料2倍とか3倍とか、なんか急に現実的な感じになってきたな。)
『ありがとうございます。この話は持ち帰らせて頂きます。
まあ、うちの上司に伝えたら滅多刺しにされそうですけど。』
(謙信さまが佐助くんを滅多刺しにしてる姿、想像出来るから怖い。)
『信長さま、忍びを口説くのは後にして貰ってもいいですか?
早速、注射器とやらを使って、ひなの血を採取したいんで。』
『そうだな。ならば佐助、この話はまた落ち着いてからにするとしよう。』
同意するように、佐助も静かにお辞儀をする。
『じゃ、皆さんも部屋を出て下さい。ひなと…佐助は残って、俺に注射器とやらの使い方を指南して。』
家康の言葉に、部屋に残っていた武将らも静かに席を立つ。
動かぬままの帰蝶と、その隣に家康、佐助、ひなの三人だけを残して。