第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
『いえ、それは心配ありません。あくまでも体を流れる液体を入れ替えるに過ぎませんから。』
冷静な口調で佐助が答えた。
『ふーん、そんならいいが。で?ひなの血はどのくらい必要なんだ?』
慶次は素朴な疑問を投げ掛ける。
『そうですね、今回は血が足りなくて輸血という訳では無いので、400ミリほどあれば。』
『み…り?』
『あー、この時代で換算すると1〜2合です。』
『1〜2合って、なんか、お酒みたい。』
思わず考えていたことが口をついて出た。
途端、政宗が嬉しそうに続ける。
『ハハッ!酒か、それいいな。お前の中で熟成された酒なら、さぞ美味いんだろうな。
俺も飲んでみたいもんだ。』
色を含んだ瞳の正宗に詰め寄られ、一瞬 息が止まりそうになる。
なんとか持ち堪え、ひながピシャリと言った。
『時間が無いの。ふざけてる場合じゃないよ。』
政宗が肩を竦めて離れる。
入れ替わるように家康が近付く。
『政宗さんは、元々 下戸でしょ。ひなを熟成した酒を飲むとか、悪い予感しかしない。』
(悪い予感しかさせられなくて、ごめんね。)
『ともかく、急いで あんたから血を採取する。
心の準備は出来てる?』
『うん、大丈夫。』
(注射は苦手だけど。帰蝶さんを救えると思えば…。)
1度俯き、緊張で震える手を、そっと胸に当てて家康を見詰め返す。
『…って、家康。なんで小刀 持ってるの?』
家康の右手には鈍い光を放つ小刀が、しっかりと握られていた。
『なんでって、体を切らないと血は出て来ないでしょ。』
(え、ちょっと待って。私の体、切り刻むつもり?)
『いやいやいや、普通、採血するなら注射でしょ!』
ひなは背後にいた信長ごと、慌てて2、3歩 距離を取る。
『ちゅう…しゃ?』
(あ、もしかして。)
『ひなさんの予想通り、この時代にはまだ注射器は存在しない。』
(やっぱり…。)
『それから血液型という概念も無いから、輸血しても助かるかどうかは、さっき伝えた通りだ。』
『なるほど。』
納得するひなを横目に、家康は不服そうな顔だ。