第57章 劉寛温恕（りゅうかんおんじょ）

『さあ、それはどうやって使えはいいわけ？』

家康が注射器に視線を送る。

『とうとう家康さんに医療器具の使い方まで教える立場に…。』

（うん、佐助くん、感無量だよね。）

ひなの生温かい視線に気付いた佐助が一つ咳をする。

『ゴホン、注射器は、この先端の針を採血者の…一派的には腕の血管に刺して、

この押し子というお尻の所を引っ張って血液を吸い取ります。』

説明しながら佐助が押し子を引っ張る。僅かに空気の動く音がした。

『そして、次に血液を与えたい人の血管に針を刺し、今度は押し子を押して注入します。』

佐助が押し子を押すと、細い空気が漏れた。

『ふ〜ん、なるほどね。』

佐助から注射器を受け取ると、家康は物珍しそうに何度か押し子を押したり引いたりする。

『ただ、本来ならば今の行為を同じ注射器でやるのは禁忌です。

血液型云々（うんぬん）の前に危険すぎる。』

佐助が苦衷（くちゅう）を抱える。

（細菌感染リスクのこと言ってるんだよね。でも…。）

『でも、危険だからって何もしないで後悔したくない。』

ひなはキッパリと言い切った。

『そうだね、君はそういう人だった。じゃなきゃ、お殿様になんてなれなかったろうしね。』

小さく笑って佐助が答える。

『えっ？それは私がこの世界に迷い込んで歴史が変わっちゃったからで…。』

（私が、なりたいと思ってなった訳じゃ無いしな。）

『で、お殿さま。心の準備が出来たなら、あんたの血、摂りたいんだけど。』

いつのまにか口元に新しい手拭いをつけ、手術用の格好になった家康が尋ねる。

（まったくもう、家康まで私の事お殿様とか言う。）

『解ったよ。』

諦めて帰蝶の側に腰を降ろした。

家康が、ひなの着物の左袖をそっと捲って、落ちないように襷（たすき）を結ぶ。

細い紐で二の腕をきつめに縛られ、肘の内側に青緑色の静脈が浮かび上がった。


※苦衷（くちゅう）を抱える〜色々と苦しみ悩むこと。