第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
『そうか、俺にはわかるぞ。』
そう言うと、信長は天井に向かって声を上げた。
『佐助、ひなが貴様に助けを求めて泣いているぞ。慰めてやらんのか?』
『へっ!?』
天井の角板が軽い音と共に落ち、
『どうも。通りすがりの忍びです。』
逆さまに、ひょっこりと佐助が顔を出し、軽やかに畳に降り立つ。
『さ、佐助くん!?え、信長さま、なんで解ったんですか?』
信長はニヤリと笑うと言い放った。
『「通じるもの」が、あるからだ。手に入れたい物は、手の内に囲っていたいものだろう?なあ、佐助。』
『はい、信長さんの事が大切過ぎてストーカーじみた真似をしてしまいました。』
佐助は顔色一つ変えず、眼鏡のズレを直しながら二人に近付く。
『相変わらず素っ頓狂な忍びだ。心を隠すのも お手の物だな。』
『そうか、佐助くんは武将オタクだったんだよね。ちなみに家康もいるよ。』
なんの気無しに伝えると、佐助が軽く固まる。信長は何故か嬉しそうに喉を鳴らして笑っていた。
『ひなの凡愚さには慣れたつもりでいたが、貴様という女は奥が深いな。』
[※凡愚〜平凡で、取り立てて利口だとは言えない人・状態。]
(んん?なんかまた馬鹿にされてる気が…。)
『佐助、家康の名前だけで怖気づいていては、これから頼む事に耐えられるか不安になるが。』
信長が、一旦 言葉を切る。
『解毒剤の話ですね。天井裏で多少は。』
『聞いてたんだね…。それなら話が早いよ。
佐助くんの知恵を貸して。
帰蝶さんを助ける為の解毒剤が無くて困ってる。もう命の炎が消えてしまいそうなの。』
ひなの必死の訴えに、家康も言葉を重ねる。
『佐助、俺からも頼む。別に帰蝶の命が惜しい訳じゃ無いけど、このまま目の前で死なれるのも後味が悪い。』
家康の言葉に佐助が瞳を輝かせる。そして何か思い当たった顔をした。