第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
政宗は、足早に家康のいる広間へ向かい、襖を開け放った。
『家康、いるか?』
『政宗さん?あれ、ひなと会いませんでしたか?』
『ああ、さっき派手に突進された。』
家康が「まったく。」と呆れ顔で呟く。
『ははっ!だが元気になったようで安心した。解毒剤が見付かったんだってな。』
『はい。実は…。』
政宗達に事の成り行きを伝える。
『なるほどな。それじゃ、急がせて悪いが、その解毒剤でもう一人、救って欲しい奴がいる。』
『もう一人?』
政宗の家臣達が、板に横たわる男を家康の目の前に降ろす。
『…帰蝶?』
目を見開いた家康は、すぐに状況を把握した。
『ひなに毒を盛った後、解毒剤を飲んで無いって事ですか?
風邪の薬でもあるまいし、飲み忘れた訳じゃないでしょうけど。』
帰蝶の症状を観察しつつ、家康が言った。
『そうだな。俺もそれは引っ掛ってるんだが、死んでもいいと考えてたのは間違いないだろう。
あるいは、ひなと心中でもするつもりだったか。』
『だとしたら甚だ迷惑な話ですね。ただ…。』
家康が苦笑いを浮かべたあと、言い淀む。
『ん?どうかしたのか?』
『解毒剤ですが、ひなに飲ませた分でお終いなんです。』
『何?お前、さっきは ひなが懐に隠し持っていた中から少し溶かして飲ませたって言ってたじゃないか。
残りはどうしたんだ?』
ひなが隠し持つ薬包紙に入っていたのは僅かな量だった。
だが、家康が水に溶かして飲ませたのは、ほんの一口。
まだ幾らかは残っていたはずだ。
『空気に触れるとまずかったのか、綺麗サッパリ蒸発して無くなってしまったんです。
あの包み紙に、何らかの仕掛けがあったとしか思えない。』
そこへ、ひなもやって来る。今の話が聞こえていたようだ。
『えっ、解毒剤はもう無いの?まさか…。』
家康は何か考えこんでいるようで返事が無い。
『私なんかが助かってしまったせいで。』
項垂(うなだ)れる、ひなの頭上から低い声が聞こえる。
『俺の家族を卑しめるとは聞き捨てならんな。』