第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
『ひな、ここ掴める?』
家康が指差す所に細く白い腱が見えた。
『っ!多分。』
そっと肉の隙間に指を入れる。
(っ!これは鶏肉…これは鶏肉…鶏の胸肉だと思えば大丈夫っ!!)
… … …
『間抜けな事を考えて気を逸らしてくれて助かった。もう離していいよ。』
『はぁぁぁ…。』
無意識に止めていたせいか、息を吐き出したものの上手く吸えない。
『よし、取り敢えず出来る事はやった。後は元就さんの生きる力を信じるだけだ。』
(終わった!兎に角、手当が終わって良かった。)
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元就が担ぎ込まれる数刻前。
顕如と、元就の家臣団数十人が安土へ登城していた。
元就の代わりに、以前、織田軍が買い付けた武器を運んで来たと言う。
腕組をし、信長が問い掛けた。
『元就はどうしたのだ。それになぜ、貴様が ここへ来た。心底嫌っている俺の所へ。』
顕如は手短に事の成り行きを伝える。
『俺が虫唾を走らせながらここへ来たのは、お前の為では無い。
自らを犠牲にして戦っている元就と…あの娘の為だ。』
『ふ、まあいい。話は概ね理解した。顕如、今回だけは礼を言う。
出るぞ。秀吉と慶次は俺と来い。
政宗と三成は義景の別働隊を迎え撃ち、叩き潰せ。行け!』
『『『はっ!!!』』』
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『皆が出て行ってから丸一日経つのに、梨の礫(つぶて)。
何故か信玄さまから伝令が来るし。』
信玄からの伝令では、朝倉義景が自害した為、無益な戦は一旦、中止するようにとの事だった。
その時、辺りがザワザワと騒がしくなり、家臣の声が聞こえた。
『ご帰還されたらしいぞ!』
(誰か帰ってきた!)
ひなは転がるように廊下に走り出た。
『ちょっ…、一応あんたも病み上がりなんだけど!』
追い掛けて廊下に出た家康の声は、聞こえていないようだ。
『まったく…。人の事ばかり心配する性格は、どんな解毒剤でも治りそうにないな。』
そう言うと家康は、ひなの小さくなる背中に苦笑いを浮かべた。
『ぶっ!!』
勢い良く角を曲がった途端、ひなは思いっ切り誰かにぶつかる。
『いったー…。』
鼻を擦りながら、その誰かを見あげる。