第57章 劉寛温恕(りゅうかんおんじょ)
抑揚なく言うとジロリと意識の無い元就を睨む。
『…って普通、担がないから。大砲なんか。
この人、馬鹿なの?で、あんたらも止めなかったわけ?』
残った家臣たちは首を横に振る。
『いえ、勿論お止めしました!ですが押し切られて、こんなことに…面目無い。』
『家康、お湯が湧いたよ。』
ひなが、大急ぎで沸かした湯を、たっぷりと桶に入れて部屋に戻る。
家臣の大男達は皆一様に小さくなりながら家康の手伝いをしていた。
(ん?何かあったのかな。)
『ああ、ありがとう。そこに置いてて。』
『うん。手拭いも置いとく。他に手伝えること、ある?』
家臣の背中から盗み見ると、軽めの傷は既に手当が終わり、肩肉の縫合に入るところだった。
『!!』
(わっ…酷い怪我。)
思わず後退るひなに家康が言う。
『ひなは見ない方がいい。俺が言うのもなんだけど、見ても気持ちの良いものではないしね。』
話しながらも家康の手は止まる事を知らず流れるように動いている。
ごくりと唾を飲み込んで、ひなはこころを決めた。
『ううん、大丈夫。私自身も怪我はたくさんしてるし、女だから血にも慣れっこだよ。』
ちらとひなを見て、家康も諦める。
『そ。あんたは言い出したら聞かないんだったね。じゃあ、心置きなく使わせて貰う。
肩の抉れだけど、運がいい事に筋肉ば…筋肉が発達してるお陰で骨まではいってない。』
(今、明らかに筋肉馬鹿って言おうとしてたような。)
『だけど、ただ千切れた肉を乗せただけじゃ勿論くっつかないから、出来る限り腱を繋ぐ。
細い所は俺の手じゃ掴めないかもしれないから、ひなに手伝って貰う。いい?』
こくん、と ひなが頷くのを確認して、家康が前掛けを手渡す。
『これつけて手を消毒したら、口元は清潔な手拭いで覆って。』
ひなは言われたとおり、渡された前掛けを着物の上に着け口元を覆った。
『みんな準備はいい?鉗子を。血が出たら、すぐに拭いて。患部が見辛いと手元が狂う。』
家康の指示する声と短く返事をする家臣らの声、小さな金属の音だけが部屋に響く。