第56章 相即不離(そうそくふり)
『やっと見つけたぜ。覚悟しろ、帰蝶!』
振り下ろした刀を、帰蝶は難なく受け止め弾き返す。
そこで政宗は違和感を覚えた。
(帰蝶の太刀筋は、こんなに大雑把だったか?
仮にも信長さまの側に仕えていた身、剣の腕も、そこそこ優れていた筈。
なのにどうだ、今のこいつの太刀筋は。
それどころか目は虚ろで額には脂汗が滲んでいる。何かおかしい。)
『まさか…。ひなは、お前に口移しで毒を飲まされたと言っていた。
お前も解毒剤を飲んでいないのか!?』
(何処かで見た気がすると思っていたが、今の帰蝶の症状、ひなにそっくりだ。)
導き出した結論を投げかけると、不意に帰蝶が頬を緩めた。
『フッ。流石だな、独眼竜。片目だと他の者より真実が見えるらしい。
解毒剤は全て…信頼する者に預けた。
…かはっ!』
帰蝶が血液混じりの吐瀉物を吐き出す。
『帰蝶!』
『近づくな!』
はぁはぁと荒い息を繰り返しながら、帰蝶が掌で政宗を制す。
『俺は、争いのない安寧な世など…望んでいない。
だから種を蒔いた。ひなという美しい土壌に。
見事に芽吹いて、貴様達を狼狽えさせたまでは良かったのだがな。
あの女の毒気の無さに…逆に犯られた…か。』
麻痺が進んでいるのか、言葉も途切れがちだ。
『俺は戦狂いだが、安寧な世を望んでいないわけじゃない。
ひなが望む、そんな世を邪魔する奴は…ここで葬る。』
政宗が刀を握り直す。
『政宗さま、殺してはなりません!』
他の家臣らと共に、朝倉別働隊をほぼ鎮圧した三成が止めに入る。
『解ってる、今は殺さないさ。こんなボロボロのヤツ殺したら寝覚めが悪いぜ。
ってことで、お前には一緒に来て貰おう。』
そう言うと素早く近付き、鳩尾(みぞおち)に拳を入れた。
『ぐっ!』
再び血を吐き、帰蝶が気を失う。
『…安土城に連れて帰るぞ。』
『はっ。』
政宗は手際よく縄で帰蝶の両手を縛る。
『この状態だ。暫くは目を覚まさないとは思うが、急ごう。』
『はい。帰蝶さまの状態を見る限りでは、同じ毒にやられている ひなさまの具合が気掛かりです。』
政宗を先頭に、隊列は安土に向け来た道を足早に戻るのだった。