第56章 相即不離(そうそくふり)
『あいつは手技(しゅぎ)も一級品でな。
兼続、お節介な忍びが出過ぎた真似をした。
すまない。』
信玄が頭を下げると、兼続は慌てて頭(かぶり)を振った。
『滅相もございません。あの方は確かに一流の忍びです。
この傷も…。』
兼続が胸元に手をやる。
『見た目は酷い傷のようてすが、もう塞がりつつある。
感謝こそすれ、謝られるようなことは何もこざいません。』
『いや、傷跡を残したのは事実だ。許せ。
それと、これも先に誤っておくが、治療が終わったら急ぎ安土に取って返す。
ひなの解毒剤の在処(ありか)も、まだ解っていないことだしな。』
『…御意。』
無事でいてくれと、皆が心で叫んでいた。
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所変わって。
信長が船に乗り、長政軍と攻防戦を繰り広げようとしていた頃。
同じく安土城を経った政宗と三成の軍勢は、朝倉義景の別動隊と鉢合わせていた。
『そ、そんな馬鹿な!織田軍は全て城に居るはずでは無かったのか!?』
別働隊の隊長格の武将が怒鳴り散らす声が聞こえる。
『…そのはず、だったのですが。予期せぬ出来事でもあって俺の筋書きが狂ったようだ。』
怒鳴り散らされている相手が煩わしそうに答える。
『後方に居るのは…帰蝶!?ははっ、信長さまの言った通りだったな、三成。』
『はい、政宗さま。織田軍を挟み撃ちにしようとしている、という提言が見事に的中しましたね。
まさか帰蝶さまも いらっしゃるとは思いませんでしたが、私達にとっては都合がいい。
あちらの数は、ざっと数えて…七千、といったところでしょうか。
きっと朝倉様の部隊の方に、多めに兵を割かれたのですね。』
別動隊を見渡し、三成が冷静に目算する。
『俺達と ほぼ同数か。些(いささ)か物足りないが、ま、相手してやるか。』
政宗は馬乗で刀を抜き構える。
『サクッと片付けて城に帰るぞ。』
『はい。』
政宗の馬が飛び出したのを合図に両軍が激しく ぶつかり合う。
虚をつかれた朝倉の別働隊は、面食らった様子で統制もままならない。
あれよと言う間に後退していった。
『よし、あらかた片付きましたね。』
三成の声に、政宗は脇目も振らず、後方に見え隠れする帰蝶の元へ馬を走らせる。