第56章 相即不離(そうそくふり)
『あー、兼続。さっきから、その…とうした?お前、おかしいぞ。』
信玄が頭を掻く。
『は?おかしいとは?』
その返答に、謙信も戸惑いがちに続ける。
『数刻前お前が、俺達に伝えに来たのではないか。
朝倉義景と手を組んだ鷺山…いや帰蝶に、ひなが毒を盛られたと。
織田軍を挟み撃ちにするために出陣し始めた義景を捕らえ、解毒剤の在処(ありか)を吐かせて欲しいと。』
『なんの冗談ですか?俺は、たった今お二人にお会いしたばかりです。』
真面目な兼続が嘘をつくとは思えない。謙信は誰にともなく問い掛けた。
『ならば今しがたまで一緒にいたのは一体、誰だと言うのだ…?』
三人は顔を見合わせて押し黙る。
『お待たせ致しました。兼続殿、失礼仕(つかまつ)ります。』
救護班の家臣がやってきて兼続の治療を始める。
血だらけの着物の合わせを開き、横一文字の斬り傷が露わになった時、その傷跡を見て信玄が声を上げた。
『…千代女(ちよじょ)か!ハハッ、あやつ、主君まで騙すとは恐れ入った。』
額を片手で覆い吹き出す信玄に、皆、あ然としている。
『千代女?お前に仕えている、女忍者が、どうしたというのだ。』
『だからな、さっきまでいた兼続は、兼続に化けた千代女だ。』
『何?』
信玄が兼続の傷に触れる。
『この綺麗な傷跡、千代女がつけたものに間違いない。そうだろう?兼続。』
兼続は驚きながらも静かに頷く。
『帰蝶の元に密偵として送り込んでいたんだが…。
まさか信長の書状を持ち俺達の元に向かっていた兼続と相見(あいまみ)えていたとはな。
密偵だとバレる訳にいかず、お前を斬ったのだろう。
だが這々の体で去るお前を見て、無事に俺達の元に辿り着けるか心配になった。
だから兼続の懐にある書状を盗み見、先回りして情報を伝えた、といったところか。』
『盗み見…いつの間に。全く気付かなかった…。』
兼続が言葉を失う。