第56章 相即不離(そうそくふり)
甲板の中央で四方を味方に守られながら、長政も床几に腰掛けている。
『な、なぜここに信長がいるのだ!』
長政は、訳が解らぬとばかりに目を白黒させている。
『何故ここに俺がいるのかと驚いているようだな。
長政!これ以上の被害を出す前に降伏しろ。』
静かに近付く船の穂先から、信長が良く通る声で叫ぶと、長政は眉を寄せて吐き捨てるように言った。
『くっ…御免蒙(こうむ)る!』
聞こえてくる反論の声に、信長は短く溜め息をつく。
『貴様の手の内は全て、お見通しだと言っているのだ。ある者のお陰でな。』
『ある者だと!?わが軍の中に間者が紛れ込んでいたとでも言いたいのか!』
床几を倒しながら立ち上がった長政は、見るからに動揺している。その問いには答えず信長が続けた。
『今頃、朝倉軍は「挟み撃ち」にされていることだろう。貴様らが俺にやろうとしたのと同じように、な。』
『なにっ!?』
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同刻、飛騨の山奥にて。
『なにゆえ、そなた達が我が軍に牙を剥くのだ。』
馬に跨がり不可解な面持ちで呟くのは朝倉義景だ。視線の先には、同じく馬に跨がった信玄の姿がある。
『なーに、お前さんに恨みは無かったが、天女を傷つけられたとなると話は別だ。』
信玄が張り付けたような笑みを浮かべている。隣には冷めた目をした謙信の姿もあった。
『天女?なんだそれは。』
義景が首を傾げる。
『それなら言い方を変えよう。鷺山殿、と言えば お解りかな?』
僅かに義景の眉が動いた。見つめていなければ気付かない程に僅かに。
『なんのことだ。そんな男など知らん。』
それを聞いて、信玄が更に笑みを深めた。
『義景殿、俺は鷺山殿が男だとは一言も言っていないぞ。』
うっ、と今度はハッキリ解るほど義景の顔が歪む。
『あいつと手を組んでいるのは間違い無いらしいな。素直な所は誉めてやろう。』
二人のやり取りを見ていた謙信が苛立たしげに声を上げる。
『事実確認は済んだろう。さっさと片付けて、ひなの所へ行くぞ。』
『まあ落ち着け、謙信。焦る男は嫌われるぞ。』
『五月蝿(うるさ)い。だらだらと長い話は苦手なだけだ。』