第56章 相即不離(そうそくふり)
『ん、なにかの間違いですよね。数が…おかしくありませんか?』
相手は一万五千、こちらは三千と三千で六千。単純に計算しても、向こうの半分にも満たない。
『いえ、間違いではございません。』
短く首を横に振る半蔵に同意するように、家康も言う。
『信長さまの作戦だよ。ひなは何も心配しなくていい。』
『でも…。』
(いくら政宗達が強いっていっても、三倍の敵相手じゃ不利だよ。)
『そうだ、肝心の信長さまは?』
『あぁ、信長さまなら今頃…船の上だろうね。』
『…船!?』
… … …
『信長さま、見えて参りました!』
右目で望遠鏡を覗いていた秀吉が大きな声を上げる。
『そうか。ならば、そろそろ長政達も気付く頃だろうな。』
…一刻程前、安土から少し離れた琵琶湖の沖合いを、数隻の和船団(わせんだん)が対岸の若狭方面に向け進軍していた。
甲板で悠々と床几に腰掛け、信長が言う。
『よし、慶次。死なない程度に脅かしてやれ。』
『はっ。皆の者、大砲用意!』
慶次の声を合図に、家臣達が導火線に火を着ける。焦げ臭い臭いがした後、甲板が大きく揺れる。
『敵の船の横っ腹に命中致しました。しかし、向こうも撃ってきます。』
秀吉が淡々と告げる。
『構わん、最速で進め。敵の懐深く、弾道の内側に入り込むのだ。
なーに、あの元就が仕入れた大砲だぞ。間違い無く奴等の物より性能は上だ、怯むな!』
『おー!』
船内に咆哮が響く。
信長を乗せた和船は、速度を落とすこと無く、長政率いる浅井軍の船に近付いて行った。
その間も絶えず砲撃が飛び交う。
『おっと…!』
一際(ひときわ)大きく甲板が揺れ、慶次がよろめいた。
『舵を…やられたようですが。』
秀吉が信長をチラリと見る。
『ハッ、何処に向かうか解らない位が、うつけの俺らしくでいいだろう!』
信長は床几から立ち上がると、そのまま船の穂先へ向かう。
『信長さま。さすがに そちらは危のうございます。』
慌てて秀吉が引き留めるが、信長は意に介さない。
船は右に左に迷いながらも、もう少しで長政の乗る敵船の目の前だ。