第56章 相即不離(そうそくふり)
家康は感嘆の混じった溜め息をこぼした。
『信長さまの予見は当たってたってことか。』
『信長さまが どうかしたの?』
『ひなが飲まされた毒の解毒剤を見つけ出したんだよ。』
そう言って、ひなが帰蝶に握らされた信長暗殺の為の薬を、ひなに飲ませろと言われたことを伝えた。
『えっ、あの薬が!?私が飲まされた毒の解毒剤だったの?』
深く頷いて家康が答える。
『きっと、一番解り辛い所に置いたんだろうね、帰蝶は。確かに、こんな所に後生大事に入れられてたら、誰も気付かない。』
トントン、とひなの着物の合わせ辺りを指で突っつく。
『うっ…。ごめん。』
慌てて謝ると、家康が気まずい顔をする。
『俺こそ、ごめん。自分が先に解毒剤を見つけられなかったから、悔しいんだと思う。』
(そっか、そうだよね。家康は御殿医だから、薬に関しての知識は誰よりもあるはず。それなのに信長様が先に突き止めちゃったんだもんね。)
納得していると、家康が首を横に降った。
『いや…やっぱり、ただの嫉妬。』
『え?』
(嫉妬って、どういう…。)
ひなが聞き返そうとした時、廊下から声がした。
『家康様、新しい戦況報告が届きました。』
『…入れ。』
この声…。
『失礼致します。』
忍者装束を身に纏った服部半蔵が片膝をつき、頭を垂れている。
『やっぱり。お久しぶりですです、半蔵さん。』
驚いたように半蔵が頭を跳ね上げる。
『ひな姫さま…良かった、お目覚めになられたのですね。皆、案じておりました。』
半蔵の安心した顔を見て、ひなは色んな人達に大層 心配を掛けたことを知る。
コホン、と家康が咳払いをする。
『あっ、これは失礼致しました!では、早速ですが…。』
半蔵の報告によれば、越前の朝倉義景(あさくらよしかげ)率いる朝倉軍は、既に敦賀(つるが)を抜け、もう国境に迫っているらしい。
いよいよ戦が始まる。ひなは総毛立つのを感じながらも押し黙って耳を傾けた。
『その数、およそ一万五千。三千ずつの兵を連れ、先に安土を経たれた政宗さま、三成さまの軍と、間も無くぶつかるでしょう。』