第53章 川上之嘆(せんじょうのたん)
二人が出て行き信長だけになった広間に、今度は家臣が声を掛ける。
『信長さま、今よろしいでしょうか。』
(今度はなんだ。)
『何用だ?』
『はい。お市さまより書簡と小包が届いておりますので、お届けに上がりました。』
『市からだと?』
(久しく文など寄越したことは無かったが。)
信長は家臣が掲げ持つ書簡を受け取り、ざっと目を通す。
「親愛なる兄上様~
暮秋というにふさわしい気候となってまいりました
兄上様ににおかれましては ますますご健勝にお過ごしのことと存じます
新しく妹君として迎えられた ひな様にも早くお会いしとうございます
お噂では とても愛らしい方とのこと 安土の殿方から引く手あまたなことでしょうね」
(ふっ、確かにな。)
「甘い物が お好きだと聞き及んでいます 何故、私が そのような事を知っているのかと驚かれましたか?
女子(おなご)は早耳なのですよ」
(まったく、何処から漏れ聞こえているのだか。)
信長が、美味しそうに甘味を食べるひなの顔を思い出し苦笑する。
「いい小豆が手に入ったので送ります 餡にすると また格別ですよ
お料理上手な政宗殿に調理して貰ってくださいね
…その時は 長政様も一緒に お相伴に預かりに参ります
それでは 風邪などお引きになられませんよう ご自愛くださいませ
市より」
(他愛の無い書状だ。それなのに、どこか気になる。)
続けて小包を受け取るが、見慣れない形に違和感を覚える。朝袋の両端を、納豆のように縄で結んであったからだ。
軽く振ると、手の中で小さく硬い丸が ぶつかり合うのを感じる為、小豆に間違いはないらしい。
(はて、何故このような包み方を。)
信長は改めて市からの手紙に目をやる。
『…。』
ふと、あることに気がついた。
(ん?この部分だけ墨が濃いな。)
『長政様も一緒に…なるほど。』
信長がニヤリ、と口の端を上げた。家臣は何のことかと首を傾げる。
端から見れば、ただ墨を付け足して書いたせいで、濃くなっているようにしか見えない一文と、不思議な包み方を見て、信長はある考えに至った。